そう言えば書くのを忘れていましたが、私、入社以来初(年末年始除く)の4連休中です。
せっかくだから、どこか遠くへ!――行きたいのは山々だったのですが、31日まで目標が達成できるよう粘りたいので、今回は家に留まることにしました。
……その割には、結局ほとんど進んでいないんですけど……。
でも、年賀状は終わらせたもんね!
掃除は、――明日やります。
だって、いつも午前中の天気が悪くて、布団が干せないんだもの。
どうせなら布団を全部外に出して、掃除機かけたり雑巾がけしたりしたいのです。
窓拭きとカーテンの洗濯は、もう少し先にする予定。
それはさておき、天気が悪かった本日の午前中は、掃除をする気が起きないのをいいことに、録画してあった狂言と能の番組を観ていました。
…………渋い? うん、知ってる。
でもうちのHDDには(以下こちら を参照のこと)
私の若年寄(いや、もう若くはないのか)っぷりはさておき、内容について。
狂言は、野村流の『宗論』でした。
シテの浄土僧は野村萬、アドの法華僧は野村万作、という人間国宝兄弟です。
ご存知ない方のためにちょっと血縁関係を解説しておくと、萬さんがお兄さんで、万作さんが弟。
そして萬さんの長男が故5世万之丞さん(死後追贈されて8世万蔵)、次男が9世万蔵さん。
万作さんの息子さんが、萬斎さんです。
そんな野村家の最高峰二人による狂言。
――すごすぎる。いろんな意味で。
技量についてももちろんですが、その……知る人ぞ知るウワサを聞いたことのある身としては、よく実現できたなぁというのが本音だったりして。
しかも、演目が『宗論』というところが、また何とも言えません。
内容は、簡単にまとめると「旅の途中で出会った浄土僧と法華僧が、自分たちの宗派について論議する」というものです。
どちらかというと浄土僧の方が法華僧をからかう立場で、何かと上から目線で絡んできます。
大笑いするものではありませんが、やっぱりオチの付け方がおもしろいですね。
話そのものより、その時の静寂や間が、観客の笑いを誘います。
続いて、能の『俊寛』。
こちらは観世流で、『宗論』とは別の日に収録されたのか、狂言方は大蔵流の山本東次郎さんでした。
シテは野村四郎さんだったのですが、なぜか「観世流」なのに、ワキは宝生閑さん(宝生流)。
……能って、シテとワキがちがう流派でやることもあるんですね……。
それはさておき、非常に珍しいことに、舞踊系とはとことん相性が悪い(要は途中で睡魔様が降臨する)私が、今回はちゃんと起きていました。
字幕があって謡が聴き取りやすかったのと、お茶を飲みながらぼんやり観ていたからでしょうか。
内容は『平家物語』を題材とした話で、「平家への謀反を企てて鬼界ヶ島に流された俊寛が、恩赦の際に一人だけ罪を許されず、都へ帰る仲間二人を悲しく見送った」というもの。
この演目で使う面は、「俊寛」でしか使われない(つまり、他の演目の登場人物に流用できない)んだそうです。
もちろん能面は動かないのですが、場面によっては本当に泣いているように見えたので、びっくりしました。
いやホント、涙が見えたかと思いましたもん。
そう見せるのが、能楽師の技なんでしょうけれども。
狂言にしても能にしても、やっぱり動きはきれいだし、発声もすごいなと思いました。
一応私も狂言を習っているので(野村家の人ではないけれど、それこそ萬さんの系統の狂言師)、動きや姿勢には自然と注目してしまいます。
同じエネルギーでも、ミュージカルは外に向かって発散していくのに対し、狂言や能は、内に向かってぎゅーっと凝縮されていく感じ。
なかなかプロのようにはできないのですが、やっぱりちょっと憧れてしまいました。
もちろん、ミュージカル俳優の颯爽とした動きも好きですけどね。
「そんな古くさい芸能のことを言われても…」という方には、『花よりも花の如く』(成田美名子作)をオススメします。
青年能楽師のマンガです。
愛読しすぎて、「憲人(主人公)はいねーのかよ、憲人はよー。」と能面の下に夢を抱くようになってはいけませんが……。(←私ではないけど、実話)