3.少女への幻想
「人間になって宗介の元に行きたい」というポニョを魔法で眠らせた後のお父さんの台詞に、「いつまでも無垢なままでいればいいものを」(確かそんな感じ)というものがあります。
父親は娘を手元に置きたがるもの。
そして、大人になっても「女」ではなく「少女」であってほしいと望みがちです。(たぶん)
ポニョを無理矢理連れ帰り、閉じこめてしまったお父さんの行動には、そんな父親像が垣間見えます。
しかし、ここでいう「少女」とは、あくまで「純真無垢な」存在。
世の中の悪意を知らず、大人の欲望とは無縁の、汚れ無き純粋な宝石のような存在です。
さらに言えば、いつまでも「お父さんだ~い好き♪」とくっついてくるような、かわいい女の子のこと。
間違っても、「うぜぇんだよ、クソ親父」と吐き捨てるような、茶髪に化粧にルーズソックスのお姉ちゃんではありません。
そんな「少女」に対する幻想を、お父さんの台詞に感じてしまいます。
もっともそれは、中年男性全般に言えることなのかもしれません。
ここで思い出してしまうのが、太宰治の「勝々山」。
私は未読ですが、昔話の「カチカチ山」に登場するタヌキを中年男性、ウサギを無邪気な少女に比定し、タヌキのウサギに対する恋心を利用されて仇を取られるというお話だそうです。
そのタヌキの最期の言葉が、「惚れたが、悪いか。」なんだとか。
少女に対する中年男性の、哀切な言葉なのでした。
女の子もいつかは成長するもの。
どんなに可愛がって育てても、大きくなれば世界への好奇心も芽生えてくるし、親の反対を押し切って、何かをしたいと思うようになる。
恋をして、好きな男の子と付き合うようにもなる。
女の子はいつかお父さんの手を離れ、一人の「女」になってしまうのです。
世の中のお父さん、子離れ頑張れ。
4.少年の通過儀礼
本作の主人公は、5歳の男の子と、同じ年頃に該当する女の子です。
5歳と言えば、七五三。
昔は3歳(後年は5歳または7歳)で「袴着」という儀式を行っていました。
これをきっかけに着物は男物になり、男の子は幼年期から少年期へと移行したのだとか。
そのことを踏まえて、宗介くんを見てみましょう。
元々しっかり者の宗介ですが、やはり5歳児。
嵐が去った後、山のてっぺんに乗り捨てられた母親の車を見て、心細さと心配で泣き出してしまいます。
しかし宗介は、ポニョと手を取り合って歩き続け、最終的には母親のところにたどり着きました。
ちなみにその前後も、5歳児にはかなり厳しい状況が続くのですが、彼は頑張ってそれを乗り切るのです。
ということを考えた時、これは宗介にとっての試練であり、通過儀礼だったのではないかと。
きっかけは、「守ってあげたい」という存在(ポニョ)ができたこと。
それまで親の庇護下にあった男の子が、自分の力で守りたいものができ、それを成し遂げたことで一人前の男となった。
最後にポニョとキスをしたのも、その一環だったのかもしれません。
好きな女の子とのキスは、やっぱり少し心が大人にならないと思いつかないでしょうし。
余談。
厳密に言えば、宗介はキスを「した」のではなく「された」が正解。
「紅の豚」といい「ハウルの動く城」といい、宮崎監督の映画では、キスは常に女性からされているようです。
女性の方が積極的、ということなんでしょうか?
5.無垢なるもの・純粋なるものの強さ
「ハリー・ポッター」にも出てくる言葉ですが、無垢なるもの・純粋なるものが一番強いとのこと。
確かに宗介は、最近の5歳児にしてはとても純粋です。
こまっしゃくれたところもなく、変に屁理屈をこねることもなく、いっぱしの口をきくことはあるけれど、基本的には素直でよい子です。
ポニョに「ぼくが守ってあげるね」と約束し、それをひたすら実行する。
「どんなポニョでも大好き」と言い切ってしまう。
そんな純粋さは、やはり子どもならではでしょう。
そして、だからこそ今回の映画の主人公は「子ども」だったのかもしれません。
例えばこれが、高校生だったら。
……いくら「メルヘン」でも、ちょっとリアリティがないような気がします。
何だか、きれいすぎる。
やはりこのお話は、子どもの純真さが必要不可欠な要素なのでしょう。
6.名づけるという行為と所有権
「ポニョ」という名前は宗介がつけたものです。
「名前をつける」という行為は、名づけたものを所有する意味を持つことがあります。
実際、宗介はどこに行くにもポニョと一緒。
「守る」という言葉も、あくまで「自分のものだから守る」という意味だったのでしょう。
少なくともポニョが人の姿になる前は、ある意味ポニョは宗介のペット……つまり「宗介のもの」だったわけです。
ところが、ポニョが完全に人間となるために、宗介はポニョの「身元引受人」となってしまいました。
そして物語は、ポニョが人間となるところで終わります。
さて、ここで作品中では語られなかった問題が発生。
一人の人間となってしまったポニョは、果たして「宗介の所有物」でいられるでしょうか。
宗介はポニョの身元引受人ですが、実際に養育するのは、たぶん彼の両親。
何より、人間となってしまった以上、ポニョは当然宗介と対等になります。
宗介にしても、いつまでもポニョをペット扱いするわけにはいきません。
宗介は、今度は一人の女性としてのポニョを守らなければならないのです。
しかもポニョは、宗介に裏切られたら海の泡になってしまうという制限付き……。
ひょっとしてこれは、成長した二人の続編があるのか!?
ついそう思ってしまったのは、私だけですか?
7.その他
宗介ママが介護士という設定や老人ホームの描写に、「ハウル~」から続く高齢化社会への関心が伺えるなぁ、と思いました。
ちなみに「ハウル~」では、ソフィーがお婆ちゃんの面倒を見ている場面で「老々介護問題!?」とか思ってしまったりして。
それから、台詞としては小さいけれど、ポニョの「お父さんが閉じこめるの~」「お母さん、とぉ~っても怖いの~」という言葉に、「児童虐待」とか「DV」といった問題を連想してしまいましたが……それは深読みのし過ぎですかね。(実際には、ポニョはこれらの台詞を明るく言っていて、お母さんに対してはすぐ後に「だ~い好き」と言っているし、お父さんに対しては自分の希望を叶えてくれなかった不満を言っているのでしょうから、確かに深く考えすぎなんでしょうが……)
さて、「ポニョ」について長々と個人的な深読みを語ってしまいましたが。
次回は、もっとからっとツッコミを入れたいと思います。(まだ続くんかい)