今は技術が進んでいるので、「ワッキー」、「

じゃない」、「ワッキーだったけど治療した」に分けられたらいいかなと治療した元ワッキーは思ってます。

「ピアスの穴あけたよ。」のような感覚です。


ただ私はここ公表してますが、しなくてもいい、するからすごい理由ではありません。誰かを守るために公表しないことは、世の中にたくさんあります。

(治療すると他の所から汗が出る、老廃物がだしづらくなり脇の周りに湿疹ができるなどの副作用があります。)


「3」という数字は完全や神聖さを表すらしいです。キリスト教の「三位一体」しかり、じゃんけんは3個全てが勝てる(負けもするが)って素晴らしい。


「2」は相反する性質を持ったものを表します。陰と陽、男と女。この2つは仲良く協力もしますが、対立もします。


■良書抜粋

「なぜ顧客と「向き合う」と失敗するのか 顧客の「敵」を説得して成功を引き寄せるキーエンス流パートナーシップとは」

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/94886

によると


‘’そんなある日、難航する商談を前に強張っていた私に当時の上司はこう言いました。

「あさひ、勘違いしないでください。顧客とは向き合わず、寄り添ってください」

 この言葉は、当時の私の営業における「幾何学」を根底から覆すものでした。向き合うから敵になるのです。向き合うから、説得しなければならなくなるのです。そうではありません。顧客の「隣」に座り、同じ方向を見るのです。‘’


を読んだ時に、「全てのことにおいて皆が寄り添えば、世の中は少しよくなるのでは。」と思いました。


向き合うと対立の「2」、

寄り添うと協力の「2」=対立の「2」+寄り添う立場「1」ができ→完成の「3」に近づく。


協力の「2」が維持できず、時に対立の「2」になるなら、「2」に一つ加え、完成の「3」になればいいのではと思いました。


病気も受け入れたり、「その病気ができたのも仕方ないよな。」と病気の立場になると回復すると言いますね。


別にワッキーとじゃない、また他の相反する2つの物が対立しているといいたいのでなく、相手に寄り添うことが世の中を良くしていく秘訣だなと思ったので書きました。


そして、この寄り添う精神は日本社会がずっとやってきています。私みたいに時に「別に寄り添わなくていい。」という変人もいますが。


そして、これまでの日本人は人に寄り添って寄り添って、自分をないがしろにしてきたように思います。

まあいい塩梅(これも昔からの言葉!)に寄り添えたらいいですね。仕事のできる人はいい塩梅や始末をつける(これも!)が上手な気がします。


究極は全ての数字に意味があり、どの数字も尊いという考えが理想ですが。