諸宗 破折

諸宗 破折

私鬱将軍が、日蓮正宗の法華講の一信徒としての活動や
SNSでの論争やその所感 仏教書籍の紹介など赤裸々に綴るブログです。 コメントお待ちしてます、


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あけましておめでとうございます。
鬱将軍です。 
本年もよろしくお願いします。新年最初の記事はこれです。
宗祖日蓮大聖人の御妙判拝読が100倍面白くなる書籍紹介  (経文篇)です。
経文と 論書で分けようと思いました。
それ以外の外典と 妙法蓮華経。
法華玄義、法華文句、摩訶止観、
と法華玄義釈籤、法華文句記、摩訶止観弘決 は
以前紹介しました日蓮大聖人の御書拝読が100倍面白くなる書籍紹介 こちらを読んでみてください。  
1  涅槃経 
涅槃経は40巻あります。釈尊がなくなる前夜
一日で説いた経文です、
有名な御文としては
「一切衆生悉有仏性」や如来の三身
法身、報身、応身や 如来常住 
一闡提成仏、常楽我浄が説かれているものです。  特に三身は日蓮大聖人もいろんな御妙判に引用されております。
金光明経  正式名称を金光明最勝王経といいます。 妙法蓮華経、仁王経と共に
護国三部経と呼ばれているものです。日蓮大聖人も守護国家論や立正安国論に引用されております。
薬師経  薬師如来の経文です  有名な七難が記されている経文ですね。

華厳経、 本仏を説くために釈尊が説いたもの、しかし機根合わず21日で説くのをやめたもの。

他にも 観無量寿経は有名な阿闍世王の話。維摩経は在家の菩薩維摩詰が主人公の話  勝鬘経はコーサラ国の勝鬘夫人が法を説くもの、といった経文があります。






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竹取物語、有名なかぐや姫の物語です。 
竹取の翁がかぐや姫を見つけた竹やぶの伝説は各地に残りますが、そのひとつは富士なんですね。 かぐや姫の内容に帝が不死の霊薬を
都からも近く天に近い山で燃やすという話があります。
不死の山から不死山 や 武士がいっぱい着いてきた為士が富んでいる山という意味で富士山
になったというものですね。 前置きが長くなってしまいました。
本題はここから、都からも近くて天に近い山という事です、もしかしたらこの竹取物語の
都とは現在の京都ではないという説です。
そして、京都ではなく富士周辺が都になる
という思想はどこかで聞いたことがあります。
それは日興上人の富士一跡門徒存知事です。
富士一跡門徒存知事には
「王城の事。右、王城に於ては殊に勝地を撰ぶ可きなり、就中仏法は王法と本源躰一なり居処随つて相離るべからざるか、仍つて南都七大寺北京比叡山先蹤之同じ後代改まらず、然れば駿河の国富士山は広博の地なり一には扶桑国なり二には四神相応の勝地なり、尤も本門寺と王城と一所なるべき由且は往古の佳例なり且は日蓮大聖人の本願の所なり。」とあります。
仏法と王法は本源一体で居住は離れてはダメだ、京都や奈良の例を見てもそうであ
更に富士山は広博の地であるとしてます。 
もっとも本門寺と王城が一所であることは大昔からのめでたい前例だと言われています。 ですがここで気になるのは、
何故往古の佳例であるのに時の都である京ではなく富士なのかという事です。 
そしてもう1つあるのがかぐや姫の箇所、
都にも近く天にも近い山即ち富士山の事。
とするとこういう仮説が生まれました。

「ひょっとすると日蓮大聖人の時代かそれより少し前には富士山の麓に都があったんじゃないか」

仮に都を今の京都府と仮定すると
都から近く天にも近い山と書いてある
富士山と辻褄が合わないんです。  
Googleマップで大体の距離を出してみました、
360キロと出ました。 都から近いとは言い難いですよね。 
それに古史古伝の類に宮下文書というものがあります。
天地開闢から〜の歴史が記されているというものです。これを知った時に富士王朝なるものを見ました。 それを読んでいると、 富士に王朝があったという前例があるなら
現在の帝も富士に来ることが出来る。 往古の佳例とはこれをさしているのではないかと考えた。 富士に王朝があれば 都からも近く天にも近い山だといえます。
帝が求婚へ行くの富士の麓にある竹取塚周辺なら 帝も簡単に外へ出られると思います。

話が大きくそれてしまいました。すみません。
日寛上人は法華取要抄文段において
富士山が戒壇の正意であるということを言われました。
日本一の名山。 王城の鬼門であること。 
。富士山は蓬莱山であり不死の薬の所在であるということです。
不死の薬とは大御本尊様の事だと言われております、しかしこの蓬莱山や
不死の薬の話は竹取物語抜きでは語れません
さらに疑問が出てきましたそれは富士山は
王城の鬼門であるというのです。

よし、次に続けましょう。


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日寛上人の逸話の中でも有名なお話を1つ
沼津の松蔭寺という臨済宗の寺院に有名な白隠禅師がおりました、日寛上人はある日
色んな檀家さんの関係、知人の法要か何かの関係で同席されたことがあり同じ食事のお膳についた。日寛上人は臨済宗の禅問答を知っていたのでしょうね。それを逆手に取って
日寛上人は「お膳の上に乗っているお椀に何が入っているかお判りか」と聞いたのです。
当然蓋がしてありますから判りません。
白隠禅師は言葉に詰まって「判りませんそれならあなたはお判りか」というと
「ああ、判りますよ」と言って蓋を取って
中の物を答えられたそしたら白隠禅師は唖然とした。

今日はこの辺で 


顕正会の人は 白隠禅師と日寛上人が同席してたら 謗法だとか言うんですかね。  

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