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諸宗 破折

私鬱将軍が、日蓮正宗の法華講の一信徒としての活動や
SNSでの論争やその所感 仏教書籍の紹介など赤裸々に綴るブログです。 コメントお待ちしてます、

大坊棟札は誰がなんのために作ったのか 

今回は『大坊棟札』の大坊についてです。

今でこそ大坊と言いますが

それは大坊しかないときから大坊とは言いません大坊以外の諸坊

蓮蔵坊ー日目上人 寂日坊ー日華上人 

理境坊ー日秀師 百貫坊ー日仙師 少輔坊ー日禅

了性坊ー日乗師

といった本六老の坊があって 日興上人の坊が大坊呼ばれます。


日興上人が白蓮持仏堂や大石持仏堂と呼ばれた

もの作った(現在の六壺)白蓮持仏堂や大石持仏堂は日興上人の御本尊の中にかいてあるが大石持仏堂や白蓮持仏堂をさして大坊と書いてある文証はない



大坊棟札は誰がなんのために作ったのか

今回は南条時光の官職についてです

大坊棟札には南条時光の官職は修理大夫となっています。修理大夫というのは

修理職という大内裏を修理造営する部署のトップということです。

有名な戦国武将であれば 西国八カ国太守といわれた尼子晴久や 天下人三好長慶といった戦国の大大名クラスの官職です。従四位下といった高い官位が必要な役職です

上野の地頭なだけの南条時光がこのような官職を得られたのでしょうか?

答えは否です

そもそも執権北条家の北条時頼や時宗の役職が

正五位上 相模守 これより上の官職など得られるわけがありません

実際の南条時光の官職は左衛門尉です。これは六位の官位であり これであれば可能性はあります

南条時光の自筆文書の署名にも

左衛門尉時光とあります。

↓↓↓

この時点で大坊棟札という文書が偽文書だとわかりますが 何故修理大夫としたのかという点です。


南条修理大夫という言葉で検索し

ヒットしたものがあります。

それが『室町殿日記』です。

この室町殿日記は室町末期から安土桃山時代にかけての軍記物です。

この中に尼子晴久と大内義隆の戦の時に

先陣を切った武将として南条修理大夫というものが出てきます。

これは恐らく伯耆南条氏のことでしょうが

伯耆南条氏には修理大夫はいません。

むしろ先程あげたように尼子晴久のほうが修理大夫になってます。


大坊棟札の作者が南条時光を

南条修理大夫というのはここから着想を得て

作ったものだと推測できます。

駿河史料(二)下條 妙蓮寺に

寺記に曰くとして 南条兵衛七郎次郎平時光、伯耆国へ移れるの時などとも書いてあることから


伯耆南条氏と南条時光を繋げるような

ストーリーを創作した人物による

偽作だと思われます。


大坊棟札 顕正会の好きなものです。  先日もとある顕正会員とのやり取りでも出てきました。


しかしこの大坊棟札は偽作されたものです。そんなことは誰でもわかっています。 

問題なのはこの大坊棟札を『誰が』『なんのために』作ったのかということです。

ここについて論じてる人は誰もいなかったのですこし考えたいと思います。


まずは問題の大坊棟札の裏書を見ていきます。 表の御本尊の部分も本当は見てみたいのですが

見ることは叶わないので 裏書きを見ながら考えたいと思います。


とあります。


右大坊棟札     駿河国富士上野郷之内大石ヶ原一宇   

                    草創以地名号大石寺領主南条修理

本   尊    也    大夫平時光法号大行地所被寄附之


火不能焼 水不能漂


本門戒壇之霊場日興日目等代々加修理丑とら之勤行

無怠慢可待廣宣流布国主被立此法時者

富国於天母原三堂並六万坊可為造営者也

自正應二年至三年成功

                             日興日目

正應四年三月十二日

とあります。 

この文章から分かることは 


①大石寺という名称が草創の時からあったと思っている。

②南条時光の官職が修理大夫だと思っている。

③大石寺が本門戒壇之霊場だと言ってるのにその後天母原に三堂並びに六万坊を建てると

矛盾したことを書いていた事に気がついてない。

④ 日興日目 と日興上人の後は日目上人だというのを知ってる人が書いている。

⑤ 正応四年三月十二日に大石寺が出来たと思ってる。

⑥御家流の書体が書ける人である。

であります。

 


 ①~⑤は次にして今回は⑥の御家流の話をします。

まずこの⑥の御家流の書体について

日亨上人は

『御家流ノ稍豊ナル風ニテ』とあります。この文章は御家流という書体で書かれたものでありそれは徳川時代のものだということです。

そもそも御家流とは 室町時代に京都でつくられた流派で江戸時代の公文書に使われた書き方である。

ちなみに 御家流の書体の日の字と大坊棟札の日は同じようにみえます。

大坊棟札


御家流