■あらすじ
友人に誘われ、ヨットセーリングに行くジェス。しかし、沖に出た途端、嵐に襲われヨットもろとも大海原へ投げ出されてしまう…命からがら助かった5人の前に、突然豪華客船が現れる。船内を調べてみると、たった今まで人がいた形跡はあるものの、なぜかその姿は全く見えなかった。手分けして探索していると、突然覆面をした人物が現れ、抵抗する間もなく一人、また一人と命を奪われていく…。ただ一人生き残り、甲板に逃げ出したジェスが見たものは、転覆したヨットから再びこの客船に向かって助けを求める自分たちの姿だった。(メーカーサイトより)
■ネタバレ
*シングルマザーのジェスが自閉症の息子トミーを抱き締め、宥めている。「怖い夢を見たのよ、忘れなさい。今のは現実じゃないの。ママが怖い夢を見た時はね、目を閉じて楽しい事を考えるの。あなたと一緒に居ることを…」トミーは怯えた表情を浮かべながらジェスに抱き着いていて、ジェスは息子を落ち着かせようとしながら自らも涙を零している。
*ある晴れた朝、ジェスとトミーが2人で暮らす家。隣家のジャックは表で芝刈り機を押していて、傍らの散水機は規則正しく模様を描きながら水を撒いている。ジェスは慌ただしく動きながらトミーに声を掛ける。「急いで、約束があるのよ」洗濯物を取り込みながら空を見上げると、カモメの鳴き声が聞こえる。ジェス達の家は海から程近い。
*洗濯が済むとジェスは、庭の子供用プールの傍を横切りヨットの玩具を拾い上げる。次いで家の中で、トミーが落としてしまったコップの片付けだ。コップの中身は青い絵の具。トミーが絵を描いていたのだが、テーブルからコップを落としてしまって床が青く汚れている。雑巾で拭き取って床は綺麗になったが、今度はジェスの着ているワンピースの裾が青く汚れてしまった。ジェスは疲れ果てて「もうイヤ」と呟く。
*追い打ちを掛けるように呼び鈴がなる。玄関のドアを開けるが誰の姿もない。悪戯だろうか?彼女の家の番地は237。愛想良く笑顔を浮かべながら、ジャックに声を掛ける。「今、誰かの姿を見た?」「いいや」「そう…ありがとう」
*気を取り直して出掛ける準備をする。大きな黒い鞄に何着も服を入れるジェス。そして、キャビネットの上に置いてあったキーホルダーを手に取る。キーホルダーにはトミーの写真と、大きな花のモチーフが付いている。胸に下げたハート形のロケットの中身もトミーの写真だ。ジェスは汚れたワンピースを着替えて、デニム生地のショートパンツに白いタンクトップ、ニットのパーカーを羽織った姿になっている。冷蔵庫に貼られた付箋には『トライアングル号/ヨットハーバーに8時30分』と書かれている。そろそろ出掛けなくては。
*不安定なトミーを説き伏せようとするジェス。「全部綺麗にしたわ、元通りよ。床もピカピカで何ともなってない」しかしトミーは泣き止まない。仕方なくジェスはトミーを抱き上げる。「じゃあ、そのまま目を閉じてて」海岸沿いの道路を走る、ジェスの赤い車。通りの角には観光客向けの看板が立っている。『またいつの日か、太陽の街へ』
*ヨットハーバーに停泊しているトライアングル号。ジェスよりも早く、他のメンバーが集まっている。ヨットの持ち主はグレッグ。彼はジェスがウェイトレスをしている店の常連で、昨日クルーズに誘ってくれた。サリーはグレッグの高校時代の同級生。グレッグ曰く「4回デートしたから正確には元彼女」だそうだ。サリーの夫ダウニーとも幼馴染み。サリーの友人ヘザーも誘われている。
*サリーは独身のグレッグに、毎年自分の友人を紹介しているらしい。グレッグはそれに辟易しているし、ヘザーはグレッグよりもヴィクターに興味があるようだ。ヴィクターは家出人の18歳。「港で寝ていた時に出会って気が合った」とグレッグは言う。今ではヨットの居候だが、部屋が3つもあるから差し支えはないようだ。
*ヴィクターとジェスがハーバーの入口で一緒になり、ヨットまで歩いて来る。ジェスは何の手荷物も持たず、ヴィクターも肩にロープを担いでいるだけだ。長時間のクルーズではない。ヴィクターはジェスを不審に思っているようだ。グレッグが険しい表情のヴィクターに「どうかしたか?」と声を掛けると「ああ、どうかしてる」と言う。「変な女だ」
*何事かとジェスに駆け寄るグレッグ。「大丈夫?何かあった?」ジェスは浮かない表情で、どこか疲弊しているようにも見える。朝の一騒動で疲れてしまったのかもしれない。「ごめんなさい」と細い声で言うと、グレッグに腕を回すジェス。グレッグは「何か謝るような事でもした?」と笑って抱き締め返す。ジェスの表情は冴えないままだ。彼女を気遣って「嫌なら別の日にしても良い」とグレッグが提案するが「いいの、行きたいわ」とジェスは答える。その視界には他のヨットの乗員達が居て、2人を見守っている。「本当に?」「ええ」ジェスの返事でグレッグは表情を綻ばせ「じゃあ、皆に紹介しよう」と彼女をヨットへ促す。
*心地良い晴天、ヨットは無事に出航する。空をカモメが横切る。トミーの世話から解放されたジェスは、海原を眺める間もなく眠りに落ちる。彼女は夢を見ている。波打ち際に横たわっていて、目は虚ろに開かれている。打ち寄せる波には何か黒い物が浮かんでいるが、布なのか海藻なのか、はっきりとは分からない。やがて波が彼女の足を濡らし、その感触に息を飲んで身体を起こすと、そこはベッドの上だった。魘されていたのか、側に居たヘザーが「おはよう、大丈夫?」と声を掛けてくる。2時間程度眠っていたようだ。「悪い夢を見たかも」「どんな?」「思い出せない」「気にしない事ね、悪夢はストレス解消に良いのよ」
*デッキには他の4人が居る。グレッグが今朝の出来事をヴィクターに尋ねる。「ジェスのことを変な女だって言ってたが、何があったんだ?」「息子を連れて来る予定だっただろ?だから聞いたんだ、子供は何処に居るのかって。そしたら忘れてたぞ。20秒くらい考えた挙げ句、学校だってよ。今日は土曜日で学校は休みなのに」「特別支援学校だから、毎日やってるんだよ」グレッグの返事に、ヴィクターはバツが悪そうな顔をする。「優しくしてやれ」「分かったよ」
*ジェスがデッキに上がると、グレッグが舵へと彼女を招き寄せる。上空にはカモメ。「漁船だと勘違いしているんだな、気の毒に。…運転するかい?」彼はジェスに舵を握らせてくれる。「トミーの様子は?」「変わらないわ。あの子は変化を嫌うの。少しでも違っていると暴れるわ」「何かあったのかい?こんな話をする君は初めてだな」「分からないけど…あの子を置いてきた罪悪感かも」「良い母親の証拠さ。でもたまには息抜きも必要だよ」
*順調な航海が続いていたが、突然風が止む。完全な無風状態だ。エンジンがあるため帰港には支障ないが、滅多にない事で不気味だった。しかも晴天が一転し、暗い雷雲がヨットに迫ってくる。グレッグが沿岸警備隊に無線で連絡を入れるが、途中で混線したようになり『お願い、助けて…皆死んでしまった』と女性の声が聞こえてくる。相手に座標を伝えるように言うがその後は雑音ばかりで、沿岸警備隊にも女性にも交信は繋がらない。更に嵐と高波がヨットに接近する。グレッグはどうにか対処しようとするが、結局ヨットは転覆。ヘザーは窓から外へと波に攫われてしまう。
*雷雲が去ると、また穏やかな晴天に戻る。先刻の嵐が嘘のようだ。反転したヨットの船底に乗り、5人は為す術なく波に漂っている。浮かない表情のジェスを「トミーは学校だろう?君が戻るまで預かってくれるから大丈夫だ」とグレッグが励ます。空にはカモメが飛び、その鳴き声が響いている。
*やがて前触れなく、巨大な船が5人の前に現れる。船には[アイオロス号]と書かれている。これで助かったと、声の限りに呼び掛ける4人。「ここよ、ここに居るわ」「助けてくれ」しかしジェスは胸騒ぎがして声が出せないでいる。一瞬アイオロス号のデッキに人影が見えるが、その後は船からの反応はない。5人は船に近寄り、タラップから船へと乗り込む。その時にもジェスは躊躇うが、他に選択肢はない。
*巨大な船だが船内には人の気配が全くなく、困惑する5人。そしてジェスは奇妙な既視感に囚われている。取り敢えずブリッジを目指し、船長から沿岸警備隊に連絡してもらい、ヘザーの捜索を頼もうと言う事になる。サリーは「先に助けられてヘザーが乗っているかも」と希望を口にする。ダウニーは内心望み薄だと思いながらも「そうだな」と妻の肩を抱く。5人が乗っていたヨットの残骸は、アイオロス号の背後に流され遠離っていく。
*5人は遊歩甲板へ足を踏み入れる。縦横に走る通路の両側に客室のドアが並ぶが、ここにも人の気配はない。困惑の表情を浮かべていたジェスがとうとう足を止め、グレッグが心配して振り返る。「どうしたんだ?」「ここに来た事がある、通路に見覚えがあるわ」「定期船はどれも似てるから」「それとは違うの」
*少し先からは、ダウニーとヴィクターの声が聞こえてくる。「これがこの船だとしたらかなり古いな、1932年か」「この船だろう、この辺りから乗ったんだ」「そうだな」彼等は壁に飾られたモノクロの写真を見ながら話している。「イエオロス?」「アイオロスだ。『アイオロスはギリシャの風の神で、その子はシーシュポス』『岩を山に押し上げる苦行を永遠に繰り返した』…酷いな、何の罰だ?」サリーの声が割り込む。「死神を騙してこの世に居座ったの。うろ覚えの知識よ、先を急ぎましょ」
*その時、通路の影から金属が落ちるような音が聞こえてくる。グレッグとヴィクターが様子を窺いに行くと、キーホルダーが見付かる。「これを落としていった」とヴィクターが差し出したのは、少年の写真と大きな花のモチーフが付いたキーホルダー…それはジェスのものだ。一体どう言う事なのか?説明出来ない状況だが、首のロケットの写真とキーホルダーの写真を並べて見せれば、皆もそれがジェスのものだと信じるしかない。「ヘザーが居たんだわ」と言う妻に、ダウニーは咎めるような口調で「ヘザーだとしたら、鍵だけ置いて隠れてるって言うのか?」と返すが、サリーは引き下がらない。
*議論していても答えは出ない。引き続きブリッジへ進む事にする。途中で食堂を通ると、果物等が並べられたテーブルがある。ステージにはドラムやトランペット等の楽器。しかしここにも人影はない。船は確かに動いているのに。困惑は深まるばかりだ。
*テーブルに置かれた林檎を齧りながら、「今何時だ?」とグレッグに尋ねるヴィクター。食堂の時計が8時20分頃を指していたからだ。これではヨットに乗り込む前の時間だ。グレッグは自分の腕時計で確認する。「11時30分だ」ジェスは2時間眠っていて、その後嵐に遭ったのだからそれが妥当な時間だろう。しかしジェスの腕時計は8時20分頃で止まっている。海中で狂ってしまったのかもしれない。
*何かの気配を感じてジェスが振り返ると、壁の鏡に一瞬人影が映る。「今、誰かが居たわ」ジェスが指差すとヴィクターが即座に駆け出す。相手が何者か分からないためジェスは止めようとするが、それにも構わず走るヴィクター。彼はやがてデッキへと続くドアに辿り着く。
*ヴィクターをただ待つのに焦れたグレッグが、ダウニーとサリーに「ここでヴィクターを待て」と言い残して食堂を出る。彼を追うジェス。「ヴィクターが危険だわ」「彼なら大丈夫だ」「変よね私、でも不安なの。角を曲がる度に見覚えが…やっぱりこの場所を知ってるの、来た事があるんだわ」「勘違いだよ、動揺してるのさ」「違うのよ」「じゃあトミーのせいだ。罪悪感からだろ?」
*ジェスが言い淀んでいると、ある客室から水の音が聞こえてきた。部屋の番号は237。警戒しながら部屋に入ってみると、浴室の鏡に『劇場へ行け』と書かれている。どうやらそれは血で書かれた文字のようだ。部屋を出るとグレッグは、壁の船内図でブリッジの位置を確認する。ここからまだ2階上だ。
*血文字に言及しないグレッグに、ジェスは憤る。「あれは血だったわ、何とも思わないの?」「船乗りがやりそうな事だ。船員達が俺達を見て暇潰しに悪ふざけをしてるのさ」「隠れて面白がってるって言うの?」「君の意見は?この船は実在してる、幻や幽霊船なんかじゃない。必ず船長が居るんだ。君の世界では違うのか?」「[私の世界]は今学校で、母親の迎えを待ってるわ。勝手な事を言わないで」
*ジェスはグレッグに背を向けて、食堂へと歩き出す。言い方が悪かったと反省してグレッグは詫びるが、ジェスは聞き入れない。仕方なくグレッグはジェスと別れてブリッジを目指す。途中で劇場を横切る事になるが、劇場の上演作品は船名と同じ『アイオロス』らしい。
*一方、グレッグの言う通りに食堂で待つ事にした筈のダウニーとサリーの夫妻も、何故か劇場へと向かっていた。2人は途中で床に血飛沫があるのを見付ける。ヘザーが怪我をしているのかもしれない。執拗にヘザーの話をするサリーにダウニーはウンザリした表情を浮かべるが、血の跡も目的地である劇場方向へと続いている。しかし劇場へ足を踏み入れると、血は何処にもなかった。「ここにはヘザーは居ないわね」「そもそも船には乗ってないだろ」「それなら誰の血?」サリーが問い掛けても、ダウニーは食堂から持ってきたバナナを食べながら気のない態度だ。
*食堂へ戻ったジェス。しかしダウニーとサリーが劇場へ行ったため、擦れ違いになってしまった。何故か、新鮮だった筈のテーブルの上の果物が腐っている。その様子にジェスが1人で立ち尽くしていると、人が来る気配がする。ひとまず柱の影に隠れて様子を窺っていると、姿を見せたのはヴィクターだ。安堵したのも束の間、彼の上半身は血塗れで足取りは覚束ない。更に驚いた事に、彼はジェスの顔を見ると何も言わずに首を締め上げてくる。必死に抵抗している内に襟首の傷に触れる。そこには深々と穴が空いていて、血が流れ出ている。呻いて倒れ込み、動かなくなるヴィクター。一体何があったのか。
*狼狽えていると、今度は銃声が聞こえる。劇場の方からだ。慌てて駆け付けるとグレッグが血を流して倒れている。彼の傍らで必死に呼び掛けるサリーとダウニー。しかしグレッグはもう意識がないようだ。2人は強い調子でジェスを詰る。「あんたが撃ったのね、彼がそう言ってたわ」「そんな訳ない、一緒に居なかったのよ。私は今、ヴィクターと居たわ。彼も襲われて…」「ヴィクターもお前が襲ったんだろ?劇場へ行けと言ったのは何故だ?」「言ってないわ」「あんた、二重人格なの?」サリーとダウニーは奇異なものを見るような表情を浮かべるが、ジェスも困惑してしまう。2人が何を言っているのか分からない。
*その時サリーが右肩を撃たれ、続け様にダウニーも撃たれる。麻袋を頭に被った人影が劇場の2階部分から狙撃している。これでジェスへの疑いは晴れただろうが、状況は悪化している。ジェスは客席の影に隠れるが夫婦は通路部分に居て、格好の標的になってしまう。ジェスは「逃げて」と叫ぶが、ダウニーが再び撃たれて息絶える。ジェスは物陰から飛び出して、サリーの手助けをしようとする。「手遅れよ、逃げて」夫の遺体に取り縋る妻を起こそうと必死になるが、結局サリーも腹部を撃たれて動かなくなる。
*皆、死んでしまった。1人になったジェスは機関室を逃げ惑う。厨房で包丁を手にして隠れていると、一旦は遣り過ごせたようだ。薄暗い通路を慎重に歩いていると[ボートデッキ方面]との表示を見付ける。これだけ大きな船だ、救命ボートがあるだろう。ジェスは示された方向へと向かうが、そこにある筈のボートは1隻も残っていなかった。茫然としていると、自分が居る上の階層から物音がする。麻袋の何者かだろうか。しかしその瞬間に、背後から麻袋を被った人影に殴り倒された。上階にはまだ他にも誰か居るのだろうか?しかし今は眼前の銃口が問題だった。
*「撃たないで、息子が居るの」と懇願しながら、床を後退るジェス。相手は容赦なく引き金に指を掛ける。ジェスは咄嗟に銃身を掴み、自分から銃口を逸らす。弾丸はジェスを外れ、彼女はそのまま相手を弾き飛ばすと手摺を乗り越えて下の階層に下りる。尚も追って来る麻袋。背後から発砲し、弾が尽きるとライフルそのものを投げ付けてくる。
*ジェスは逃げながら、壁に備え付けられた斧を掴む。そして先刻の自分のように音に惑わされはしないかと、自分が走るのとは逆方向にバルブのハンドルを投げる。しかし麻袋はそれに騙される事はなく、的確にジェスに追い付いて来る。ジェスは斧を振り回し、相手はバールで応戦する。ジェスはバールを弾き、更に蹴り飛ばして麻袋からは届かないようにする。遂に追い詰め「誰なの、言いなさい」と迫るジェス。
*「また来るわ。彼らが戻ったら殺して、家に帰るためよ。殺して、全員殺して」それは女の声だ。ジェスが斧を振り回すと女はそれを避けるように後退り、船の縁から身を乗り出して、顔を見せる事なく海へと転落した。その身体は波間に消えていく。危機は去ったと言えるが、女の言っていた意味は理解出来ない。
*疲弊して佇んでいると、何処からか音楽が聞こえてくる。曲の一部分を反復しているようだ。ジェスの居る場所の近くに開いたドアがあり、その中からレコードの音が流れてくるらしい。部屋に足を踏み入れてみると蓄音機が置かれており、針が飛んでレコードの同じ箇所を繰り返している。針をレコードの端まで戻すと、また新しく曲が始まる。ここは船長室なのだろうか。明るくゆったりとしていて、客室とは違うが一般の船員室とも違うように思える。心地よく流れる音楽の中で、鏡に映った自分の顔を眺めるジェス。疲弊し傷付いている頬に触れてみると、何だか見慣れないような気持ちになる。
*その時、ジェスの耳に聞き慣れた声が届く。「ここよ、ここに居るわ」「助けてくれ」麻袋の女が転落した辺りから見下ろすと、転覆したヨットの船底に乗ったグレッグ・サリー・ダウニー・ヴィクター、そして自分自身の姿が見える。
*色々と理解出来ない事が起こったが、これ以上のものはない。アイオロス号と遭遇した時には分からなかったが、あの時に見えたのは自分の姿だったのだ。何故こんな事が起こっているのか?思わず部屋まで後退すると、蓄音機に接触して同じフレーズが流れる。繰り返し繰り返し。その間に新たな5人がアイオロス号に乗り込んでくる。
*ジェスが通路の陰に隠れて様子を窺っていると、彼等は自分達と全く同じ会話をしている。「ここに来た事がある、通路に見覚えがあるわ」と言う自分、死神を騙したアイオロスの話。混乱して蹲ると、その拍子にキーホルダーを落としてしまい、音が彼らに伝わる。
*慌てて駆け出して彼等から距離を取ると、近くの客室から水の音がする。バスルームの鏡に書かれた『劇場へ行け』の血文字。様子を窺うためにまた彼等に近付き、ジェスは食堂へ。やはり繰り返される、自分達と同じ会話。身を潜めていたが、鏡に映った姿をもう1人の自分に見咎められる。
*その場から逃げ出したジェスは、デッキに辿り着く。デッキの手摺には血の跡が付いていて、水面に浮かぶダウニーの死体に海鳥が群っているのが見える。そこへヴィクターがやって来て「先回りかよ」と驚く。事態を説明しようとするが、常軌を逸した状況だ。「下の階に居るのは私のコピーなの」と言っても当然信じてはもらえない。「ダウニーの死体を食べてた」と海上のカモメを見せても、食い尽くされて死体は残っていない。ヴィクター自身の死について伝えても「あんたのためだ、この話は内緒に」と言って話を聞こうとしないため、強い調子で言い募り彼の肩を掴んで壁に押し付ける。すると偶然そこにフックがあり、彼の首に突き刺さってしまう。血を流して膝を折るヴィクター。「違う、私はやってない」と口走り、逃げ出すジェス。
*彼等と接触しないように移動し、やがてロッカーの並ぶ更衣室へ。冷静になれない中、ふと見ると床には何十枚ものメモが散乱している。見覚えのある筆跡。投げ出されていたメモ帳と鉛筆を手に取ると、同じ文章を書いてみる。『彼等が船に乗ってきたら殺せ』…一致する筆跡、やはり自分が書いたものだ。しかしジェスが書いたのは1枚だけだ。
*ロッカーを開けてみると、麻袋の女が着ていたのと同じ黒い作業着が入っている。『殺して、全員殺して』『船に乗せちゃ駄目、乗る前に止めるのよ』『もしも乗ったら殺して、それしかない』女の声が頭の中に響く。「止めて」と鏡に向かって叫ぶジェス。更衣室には武器庫が隣接しており、彼女はライフルを掴む。
*ライフルを抱えて蹲っていると、足元のグレーチングが目に入る。格子状の蓋には何かが引っ掛かっている。手に取るとそれはチェーンで、その先にはハート形のロケットが付いている。中には見覚えのあるトミーの写真。排水溝なのか、鉄蓋の中は空洞になっていて僅かに水がある。そして同じ形、同じ写真のロケットが無数に落ちている。意味が分からず身を乗り出して覗き込んでいると、ジェスが首から下げていたロケットもその上に落下する。どれも全く同じで、もう見分けは付かない。
*不安に駆られ、一刻も早くトミーの元に戻りたいと考えるジェス。途中で自分が傷付けたヴィクターに遭遇、銃で牽制しながら自分とは別のジェスの動向を探る。やがて食堂で別のジェスとヴィクターが接触しようとする時、2人の前に姿を見せる。別のジェスの前に立ち塞がり、撃とうとするがそれは出来ない。別のジェスは狼狽えているが、相手が撃たないのを見て取りその場から逃げ出す。ジェスはヴィクターに「これで信じるでしょ」と話し掛ける。「これで以前とは変わったわ、最初は貴方、私の首を絞めたもの」その時、劇場から銃声が聞こえてくる。
*劇場に駆け付けるジェス。そこではダウニーとサリーが、麻袋の女から銃撃を受けている。銃口を向け、麻袋からは狙えない死角へと2人を追い遣る。「流れを変える、そうすればこの船から逃げられるわ」と独り言ちるジェス。夫婦は困惑しているが、説明する時間も惜しく、そもそも説明したところで理解出来ないだろう。2人に銃を渡して「誰も信用しちゃ駄目、誰かが来たら撃って」と告げるジェス。
*夫婦をその場に残してジェスが食堂へ戻ると、ヴィクターの姿は消えている。彼は海へ落ちたようだ。デッキにも手摺にも、血の跡が付いている。一方、人の気配を感じ取るダウニーとサリー。銃を構えつつ、気配のする物陰の方へ「誰だ」と声を張り上げる。隠れているのは麻袋の女だが、袋を剥ぎ取ると、それは1人目でも2人目でもないジェスだ。「私よ、ジェスよ」と言いながら、ダウニーとサリーの前に姿を見せる3人目のジェス。1人目とは違い黒い作業着を着て、頭部に傷があり血を流しているが、夫婦は気付かない。
*1人目のジェスが夫婦が居た場所へ戻ると、姿が見えない。ジェスが2人を探して「何処に居るの」と呼ぶと、2人は「あの声は誰だ?」と3人目のジェスに尋ねる。3人目は「無視して」と言い、2人を客室に誘い込む。ナイフでダウニーの喉を切り裂き、サリーの腹部を刺す3人目。彼女はダウニーをそのまま執拗に刺し「息子のためなの」と呟く。サリーは腹部から血を流しながらも、どうにか部屋から逃げ出す。
*1人目のジェスがサリーを見付けて追い掛けるが、サリーは1人目と3人目を見分けることが出来ない。必死で隠れながら、やがて無線室へ。マイクに向かって助けを求めるサリー。「お願い、助けて…彼女に皆殺された。皆死んでしまった」そこにサリーを探すジェスの声が聞こえ、サリーは慌てて逃げ出す。ジェスが無線室に入ると、無線を聞いた相手の声を受信している。『救難連絡者へ、座標を教えろ』その声には聞き覚えがある。「グレッグ?あなたなの?」ジェスが呼び掛けても、もう相手には届いていないようだ。
*無線は諦めて、再びサリーの気配を追うジェス。初めて足を踏み入れるデッキの片隅に辿り着くと、そこには既に息絶えた無数のサリーの身体が折り重なっている。その遺体の間を這い進み、ジェスから少しでも距離を取ろうとするサリー。壁に突き当たりもう逃げ場がない彼女に近付いて、ニットのパーカーを脱いで止血のため腹部に押し当てるジェス。「止めてよ、放っておいて」「私がやったんじゃないわ。ダウニーはどうしたの」「とぼけないで、殺したくせに」「まさか、私は殺してない」「まともじゃないわ、何が目的なの」
*そんな遣り取りの最中、デッキの別の一画での騒ぎが耳に入る。覗き見ると下の階層で、自分と同じ服装の自分が、黒い作業着姿の自分にバールを振り下ろしている。そして最後には自分と同じ姿の自分が、作業着姿の自分を海へ投げ捨てる。それはまだ経験したことがない光景だ。
*ジェスはサリーに向き直り「もう少しの我慢よ、また来る筈なの。トライアングル号が戻って来るから、それで一緒に逃げるのよ」と励ます。しかしサリーにとっては、意味不明な内容でしかない。「お願い、私を殺さないで」「何もしないわ。大丈夫、またダウニーに会える」しかしサリーはもう反応を示すことなく、周囲の無数のサリーと同様に息絶える。
*サリーが死ぬと、聞き慣れた声が聞こえてくる。「ここよ、ここに居るわ」「助けてくれ」先刻、作業着姿の自分を投げ捨てた別の自分が、戻って来たトライアングル号を見下ろして相手から見咎められている。「全員が死ぬと戻ってくる」と呟くジェス。新たな自分等が乗っていたヨットの残骸は、アイオロス号の背後へと流れて行く。この船から降りてあの残骸に戻れば、家へ帰る事が叶う筈だとジェスは考える。船を止めようと機関室で躍起になるが、1人の力では止めたり壊したりすることは叶わない。「お願い、家に帰して。帰りたいの」と嗚咽するジェス。
*機関室を出ると、別のジェスがヴィクターの首をフックに押し付ける場面に遭遇。そのジェスが逃げ出すと、1人目のジェスはヴィクターに近付き「怯えないで、私が救うわ。方法を知ってるの」と告げる。ヴィクターはその場に残し、例の客室へ戻ると、ダウニーが鏡の前で息絶えている。彼は最後の力を振り絞って鏡にメッセージを残していた。そこには血で『Jes』と書かれている。血文字を消して、洗面台に残ったダウニーの血で『劇場へ行け』と書き直すジェス。ダウニーの死体は海へ放り込む。やがて海鳥が食べ尽くすだろう。劇場のグレッグの死体も片付けておく。
*食堂へ行くと、ダウニーとサリーが居る。今のジェスはニットのパーカーを着ておらず、相当疲弊した状態だ。長い会話は避け、2人に「グレッグが、劇場へ来るように言っている」とだけ告げる。その後ロッカールームへ行き、作業着・麻袋・ライフルを入手するジェス。麻袋を被って通路を進むと、ジェスとグレッグの会話が聞こえてくる。「君の世界では違うのか?」「[私の世界]は今学校で、母親の迎えを待ってるわ。勝手な事を言わないで」
*1人になったグレッグを密かに追うジェス。グレッグが劇場の2階部分から覗き見ると、眼下にはダウニーとサリーが居る。同時に背後の気配に気付くグレッグ。麻袋とライフルを認識すると、慌てて「ヨットが転覆して、船員を探していた」「直ぐ出ていくから」と弁明する。グレッグが視線を落とすと、麻袋はジェスのサンダルを履いていると気付く。グレッグはジェスの冗談だと判断するが、ジェスは「本物の私は、転覆したヨットで貴方と一緒に居る。貴方を殺せば戻れるの」と言う。「全員死ぬと戻って来るの。私は同じようにやった。あとはヨットが戻るのを待つの。船には誰にも乗せない、別の私もよ。全員ヨットに残すの。…許して」ジェスの話の合間に相手を必死に宥めようとしていたグレッグだったが、説得も虚しくジェスに撃たれる。1階部分へと転落するグレッグ。
*「ジェスに撃たれた」「あんたが撃ったのね、彼がそう言ってたわ」「そんな訳ない」「あんた、二重人格なの?」階下では覚えのある会話が繰り返されている。ジェスは弾を装填して、次々に発砲。最後には、新しい自分を追ってデッキを移動する。新しい自分を追い詰めるジェス。「撃たないで、息子が居るの」と懇願しながら、床を後退る新しいジェス。追われる立場で経験した遣り取りそのままだ。バルブのハンドルを投げられても、惑わされることはない。やがて形勢逆転し、追い詰められるジェス。彼女は麻袋を被ったまま「また来るわ。彼らが戻ったら殺して、家に帰るためよ。殺して、全員殺して」と告げる。新しいジェスが斧を振り回し、ジェスは海へと落下する。
*波打ち際に横たわるジェス。目は虚ろに開かれている。打ち寄せる波には何か黒い物が浮かんでいるが、それは黒い作業着だ。いつの間にか脱げてしまったらしい。やがて波が彼女の足を濡らし、その感触に息を飲んで身体を起こす。海を離れて暫く歩くと、道路へ出る。家へと駆け出すジェス。
*やがて自宅に辿り着くと、先ず隣家のジャックが目に入る。彼は芝刈り機を押していて、傍らの散水機は規則正しく模様を描きながら水を撒いている。自分の家の中を覗き見ると、そこにはトミーが居る。安堵したのも束の間、「急いで、約束があるのよ」という声が聞こえる。そこにはトミーだけではなく、別の自分も居るのだ。別の自分はトミーに向かって「折角買ったのに庭に置きっ放し、ウンザリよ」と怒鳴っている。
*窓の外のジェスの気配に驚いたトミーは、青い絵の具が入ったコップをテーブルから落としてしまう。本当のジェスは「また掃除?何回やらせんのよ、ふざけるなクソガキ」と声を荒らげ、トミーを殴る。そして床を拭きながら「1日でも良いから休ませてちょうだい。また普通の子とは違う絵を描いて…父親譲りね、あいつも最低だった」と罵声を浴びせる。
*ジェスは呼び鈴を鳴らして、自分をドアへと引き寄せる。その隙に物置へ行き、ハンマーを掴む。家に侵入し、出掛ける準備を始める本当の自分に繰り返しハンマーを振り下ろす。それをトミーに目撃され、慌てて息子を抱き寄せると「ママは無事よ。怖い夢を見たのよ、忘れなさい。今のは現実じゃないの」と宥める。
*ジェスは大きな黒い鞄に自分の死体を放り込み、それを覆い隠すように何着も服を入れる。死体からハート形のロケットが付いたネックレスを奪い、首に下げる。海岸沿いの道路を走る、ジェスの赤い車。通りの角には観光客向けの看板が立っている。『またいつの日か、太陽の街へ』
*「今までとは違うわ。ママはもう怒らない、何があってもよ」後部座席に居るトミーに話し掛けるジェス。トミーは反応を示さない。それでも構わず続ける。「あの女はもう消えたの。何故だか分かる?あなたを殴る女はママじゃないから。私がママよ、優しいわ」後部座席の方を向きながら話していると、フロントガラスに何かが衝突する。車を停めて確認すると、それはカモメだった。トミーを落ち着かせるため「ママが埋めるから」と言い、死骸を拾い上げて浜の方へと運ぶ。投げ捨てるとそこには、無数のカモメの死骸が折り重なっている。
*待ち合わせ場所へと急ぎながら、カモメの血で汚れたフロントガラスに怯えるトミーを宥める。後部座席を気にしながら走っている内に、車は車線から外れてしまいトラックに衝突し横転する。
*道路に投げ出され、横たわるジェス。目は虚ろに開かれている。彼女は青い絵の具で汚れたワンピースを着ている。トミーもまた路上で動かない。周辺に居た人々が集まり手当てを試み、或いは様子を見守っている。それを少し離れた場所から呆然と眺めている別のジェス。彼女はデニム生地のショートパンツに白いタンクトップ、ニットのパーカーを羽織った姿だ。
*居合わせたタクシー運転手が「怪我はない?乗せようか?」と声を掛けてくる。運転手はトミーを見遣り「少年も駄目か。何をしても生き返らない」とも言う。ジェスはそうは考えておらず、タクシーでヨットハーバーに向かう。タクシーがハーバーに辿り着くと、運転手は「ここで待つよ」と言う。「戻って来るだろ?」「ええ、約束するわ」
*何の荷物も持っていないジェスが足を踏み出すと、ヴィクターが名前を呼んでくる。「ジェス」「…私を知ってるの?」「知ってる気がした。グレッグから噂を聞いてたから。子供居るよね、一緒じゃないの?」「…学校に居るわ」「本当に?」
*ジェスに駆け寄り「大丈夫?何かあった?」とグレッグが言う。「ごめんなさい」と細い声で言って、彼に腕を回すジェス。グレッグは「何か謝るような事でもした?」と笑って抱き締め返す。「嫌なら別の日にしても良い」「いいの、行きたいわ」「本当に?」そして、トライアングル号のクルーズがまた始まる。
■雑感・メモ等
*映画『トライアングル(2009)』
*レンタルにて鑑賞
*イギリス製ループ系サスペンスホラー
*ソフト化の際のタイトルは『トライアングル 殺人ループ地獄』(改めて見てみると、ジャケットで結構ネタバレしてたんだな)
*死神を騙して生き返って、苦行を永遠に繰り返すお話。好き。
*類似作品の『THE LOOP ザ・ループ 永遠の夏休み』では自分の前後に自分が居る、という構図だったけど(最終的には2人後の自分にも遭遇していたけどね)この作品では(2人前・1人前・1人後・2人後という具合に)船上に常時3人の自分が居るのが面白味。
*不条理だけど、最終的に綺麗にループするのも良い。
*全く同じことが起こるわけではなく、自ら海に落ちたり別の自分に落とされたりもする。主人公が足掻いている結果なのか(でも辿り着く結末は同じという虚しさ)、若しくは次のターンで起こることなのかな。