■あらすじ
若さと才能にあふれ、高給の仕事に美しい彼女、完璧な人生を謳歌していたキリル。だが、そんな生活が突如消えてしまった。彼の存在が皆の記憶から消え、誰も彼のことを知らない世界に変わってしまう。理由も分からず戸惑うキリルだったが、自分がパラレルワールドへと迷い込んだことを知る。キリルはその世界であらゆる世界と世界を繋ぐゲートキーパーとして、この世界のパズルの謎を解き明かすミッションを課せられる。キリルは無限の可能性から生まれた世界を行き来しつつ、謎を解き明かし、本当の元の世界に戻ることができるのか!?(メーカーサイトより)
■ネタバレ
*ゲームクリエイターのキリル・ダニロヴィチは作品『クラウド・タワー』の成功により社内で持て囃され、パーティでも同僚達に取り囲まれている。ソファに置かれて賑やかな祝宴に溶け込んでいるマトリョーシカの着ぐるみは、キリルが会場に来る前に恋人アンナの誕生日を祝おうとして着込んでいたものだ。雪の中で帰宅を待ち構えて、浜辺へのバカンスに誘おうと航空券を差し出したが、彼女の誕生日は前日だった。
*「貴方はいつまでも[下書き]みたいね、一向に本番にならない」と呆れるアンナ。彼女はキリルに合鍵と航空券を返し「私の居ない世界で生きて。私も仕事と恋人を一新するわ」と別れを告げる。キリルの同僚で親友のコーチャもクマの着ぐるみで協力していたが、アンナの様子を見て「彼女は変わった。エリートになったんだ、もう釣り合わない。お前もアップグレードしろ」と言う。キリルは知らないが、コーチャの言葉通りにアンナは変化していた。キリルに会う直前にアントン・ベレツキーと言う男から特殊な情報を与えられ、[知る者]になったのだ。
*失意のキリルに追い打ちを掛けるように、自宅アパートへ帰宅すると見知らぬ女が部屋に居て「ここは私の部屋よ」と言う。女の名はレナータ・イヴァノヴナ。彼女が警察を呼び、揃って室内へ入ると内装や家具が見慣れぬものに変化している。キリルの身分証の住所は間違いなくこの場所のもので、アパートの他の住人も「祖母から相続して3年間住んでいる」と証言してくれる。しかしレナータの身分証の住所もやはりこの場所になっていて、飼犬カシューもキリルではなく彼女に懐いている。
*結局キリルは、警官に家から追い出されてしまう。コーチャに助けを求めてインターネットで調べてみると、部屋の所有権はやはりキリルにあり抵当にも入っていなければ訴訟も起こされていない。支払いは母親がしてくれているのだが、税金の滞納もない。「馬鹿な詐欺師だ、折角改装したのに俺に取り返される」と楽観的なキリル。
*翌朝、コーチャと共に行政サービスセンターへ。担当者に確認してもらうが、登記書類の名義はキリルではない。それどころかあらゆる記録にキリルの名前がなく「いつモスクワに来ましたか?」と問い掛けられる。厄介な事態に直面し、コーチャと別れて会社へ出向く。『クラウド・タワー』成功報酬の前借りを上司に打診するが、相手はキリルとは初対面のような態度だ。マトリョーシカの着ぐるみはまだフロアに投げ出されたままなのに、同僚達も自分を知らないらしい。パーティで撮影した筈の写真からも、キリルの姿だけが消えている。
*コーチャの悪戯に違いないと考え、彼の家に駆け戻る。するとコーチャは怯えて金を差し出してくる。彼にとっては見知らぬ男に侵入され、激しい剣幕で捲し立てられていると言う状況らしい。自力で解決したかったがそうもいかず、大学教授である父親に会いに行くキリル。待ち合わせて携帯電話で話しながら近付くと、学生に話し掛けられている間に父は息子の事を忘れてしまう。「父さん」と呼び掛けても怪訝な顔で「私には子供は居ない」と言う。母に電話をしても同様で、遂にキリルを知る者は居なくなる。
*身分証の印字も消えて、八方塞がりで自宅の筈の場所へ。顔馴染みだった隣人も今は訝しげにキリルを見る。レナータはキリルを招き入れ、ドアを僅かに開けておく。「この部屋が欲しくてこんな真似を?」「欲しいのはあなた自身よ。あなたは全てを失くしたわね」求める答えが得られず、キリルはキッチンのナイフを握る。脅して真実を聞き出すつもりだったがレナータはキリルの手を掴み、刃を自らの腹部に誘う。外へ聞こえるように悲鳴を上げ、笑って「やったわ」と言うレナータ。満足そうな死に顔。悲鳴を聞いたアパートの住人が、開いたドアから駆け付けて通報する。
*警察車両に拘束されていたキリルだが、警官もキリルを忘れてしまったらしい。クラブで暴れた連中を1人だけ連行し損ねたのだと判断される。その場で解放されると、携帯電話のナビゲーションである場所へ導かれる。行く当てもないため案内通りに歩いてみると目的地はボロトナヤ広場付近で、円筒状の小さな塔のような建物がある。鍵は掛かっておらず、中に入ってみると中央には螺旋階段。電気は点くが、倉庫なのか雑然としている。床に放り出された、汚れたマットレスで横になるキリル。
*塔での1日目。目が覚めると散らかっていた屋内は綺麗に片付いている。剥き出しだったコンクリートにはアパートと同じ壁紙が貼られ、床には目の前でフローリングが敷き詰められていく。幾つかの扉がありその1つからノックが聞こえ、開けてみると郵便配達員が荷物を抱えている。「俺宛か?」と狼狽えると、別の扉から入って来た女が「そうよ」と言う。それは殺してしまった筈のレナータだ。
*窓の外を眺めて「良い世界を開けたわね、[キムギム]は最も友好的な世界よ。あなたが求めたから開いたの」と言うレナータ。「あなたは生まれ変わった。ここが新居よ。良かったわね、塔はあなたを好いてる。希望する物は何でも手に入る」彼女が何を言っているのか理解出来ないが、念じてみると空だったクロゼットが服で埋まる。
*この塔は[世界の交差点]、異世界を繋ぐポータルであり、キリルは検閲官として選ばれた。異世界への[扉を開ける]のもキリルの役目。それには新しい世界へと繋がる扉を見い出す事・扉を開けて人を行き来させる事、両方が含まれている。「規則を覚えて」と厚い手引書を手渡すレナータ。それに反発して元の世界に戻ろうとするキリルだが、そこにはもう家も仕事もなく自分を知る人も居ない。記憶されているのは隣人に、殺人者としてのみ。キリルは已む無く塔に留まる事にする。塔から出たレナータはキリルに適正があり、最初に開いたのはキムギムへの扉だと[管理官/キュレーター]に報告する。
*関税率・輸出可能品目・輸出禁止品目…異世界との通関ルールを難なく覚えるキリル。何故か以前から知っていたかのようだ。一方で元の世界への未練も捨て切れず、コーチャに電話をしてみる。会社から電話番号を教えてもらった事にして「自分の作品を見て欲しい」と伝える。通話中にキムギムに足を踏み入れようとすると電波が安定しなくなる。キムギムでは見慣れぬ車両が走り、頭上には飛行船が飛んでいる。
*キムギムで撮影した写真を送ると、興味を持ったコーチャが会ってくれる事になる。塔に招いて扉からキムギムを見せると「あれは本物だったのか」と驚き喜ぶコーチャ。飲みたいものを訊くと「何でも良いのか?世界一高価なワインは?」と言う。キリルが念じれば、キャビネットにシャトー・ムートン・ロートシルトが出現する。
*相手からすれば初対面だが、友人と楽しい時間を過ごす。するとそこにアントンに連れられたアンナがやって来る。目的はキムギムへの観光、[白バラ館/ホワイトローズ]でディナーも。彼女を[知る者]にしたのは、このポータルとそこから繋がる世界の情報だった。キリルは再会したアンナに動揺するが、彼女は当然無反応だ。異世界への移動には水が重要で、塔には水のカーテンのような装置が設置されている。木枠の中を水が流れ続けている物だ。掌をその水で濡らしてから、キムギムへと出掛けるアンナとアントン。自分以外が触れても扉は何処にも繋がらないため、キリルは浮かない気持ちで扉を開いて2人を送り出す。
*白バラ館の情報を調べ、自分も向かう事にする。漸くキムギムを歩く事が出来るため、コーチャも喜んでついて来る。そこは元の世界と同じくモスクワで、その証拠にクレムリンが見える。しかしキムギムには石油がなく、戦争も革命も起きずに未だに帝政を敷いている。自分達の知る世界とは違っているが、どの世界よりも友好的なパラレルワールドだ。コーチャは「本物のスチームパンクだ」とはしゃいでいる。
*白バラ館に足を踏み入れると、2人はマトリョーシカに遭遇する。以前の着た着ぐるみ程度の大きさ、自分の背丈よりもやや大きい。こちらは着ぐるみのように柔らかくはなくロボットだ。宙に浮き変形、表情も怒りに変わって襲い掛かってくる。考える間もなく体が動くキリル。コーチャ曰く「3秒で追い払った」らしいが、彼が撮影した動画を見ても自分がやったとは思えない。
*マトリョーシカが消えた天井の亀裂から、血が滴り落ちてくる。上階に傷付いた誰かが居るらしい。駆け付けてみると女性が喉を裂かれて大量に出血している。微かな声で「水」と呟くため、キリルは手近にあった大きな花瓶から花を取り除いて飲ませてやる。彼女は白バラ館の責任者ローザ。やがて水を飲み干すと「攻撃を止められなくて、あなたを守れなくてごめんなさい」と言う。流れ出た血で汚れてはいるが、瀕死の状態から回復している。
*先刻のマトリョーシカはキリルの戦闘試験だったそうだ。自分の店での試験を許せず逆らったために、彼女も襲われたのだと言う。小さな傷を負っているキリルにも水を飲ませるローザ。「優れた[機能者/ファンクショナル]程、早く再生するの。水を飲めばね」ローザの場合は27歳の時に機能者として選ばれ、老いる事なく160年間ここに居ると言う。キリルもまた機能者として選ばれ、仕事を与えられた。機能者は無敵で殆ど不死身、病気にもならないらしい。自分の存在が忘れ去られて元の世界から消えたのは、「慈悲」だとローザは言う。「人間とは同じ時間を生きられないもの。貴方も彼等を忘れるわ、彼女の事も」ローザが指差す先には、到着したアントンとアンナが居る。無敵だとしても何も出来ないキリル。
*2日目。目が覚めるとまた新しい世界[プリザーブ]への扉が開いている。寒い11月のモスクワとは違い、太陽の輝く砂浜だ。早速海に飛び込み楽しんでいると、アントンがやって来る。今日は1人で「君はもう我々の世界に属していないが、接触は続ける。君を監督するのが私の仕事だ」と言う。海を満喫する事は問題ないようだが「[アルカン]には行くな」と釘を刺すアントン。キリルにはまだそれが何なのか分からない。
*次いでレナータが訪れる。[調査官]だと言う堅物そうな男女を連れていて、女性は会議のためにキムギムへ。男性は浜辺を見て高揚し、服を脱ぎ捨てる。彼等はキリルにとって[チーム]であるらしい。「誰も信じないで、仲間以外は」とレナータは言う。彼女によれば機能者はモスクワに100人以上、キムギムに9人。検閲官としてはキリルはモスクワで12人目。
*白バラ館での戦闘試験について、ローザと同様にレナータは反対したが管理者が強行した。管理者が何者かは言わないレナータ。機能者は所定の場所では超人だが、距離が離れたら力が弱まる。キリルの場合は塔から15kmが限界だ。それを越えれば弱体化どころか命の危険がある。「遠くへ行こうなんて考えず、扉を開けて新しい世界を旅しなさい」と言い、レナータはドッグタグをキリルの頸に掛ける。それは虫のような形状に変形して、また元に戻る。「これは貴方の[手綱]よ」
*半裸で「2年振りに遊んだ」と嬉しそうな男性調査官を連れて、レナータは帰って行く。アプリで調べてみると、両親の家は塔から13.8kmの距離。どうにか辿り着けるだろうか。地下鉄に乗ると、塔から離れるにつれてキリルの身体に異変が起こる。表皮が透けた状態になり、脈打つ血管や骨格が見える。事情を知ってか知らずか、水を飲ませてくれる老人。お陰でキリルは実家に到着する。
*母の好きな花を持参し「大学からです」と告げる。そんな事は初めてで、驚きつつキリルを迎え入れてくれる両親。今は見知らぬ者同士だが、それでも2人はキリルを気に入ってくれたようだ。水を何杯かと、お茶をご馳走になる。自分のお気に入りのカップをキリルが選んだ事に反応する父。「先刻までの酷い頭痛が治った」と言う母。キリルは2人の目を盗み、飾られていた写真を密かに持ち帰る。子供の居ない、夫婦2人の写真。
*塔へ戻ると再びアントンがやって来る。今度はアンナも一緒だ。砂浜を見て「私の夢が叶ったわ」と感激するアンナ。先に彼女を扉の向こうへ送り出すと、アントンに「規定の質問をします」と言うキリル。アントンは水のカーテンから手を抜く事が出来ずに困惑している。塔の中ではキリルの思い通りだ。フルネーム・年齢・職業、そして「同行の女性との肉体関係は?彼女をどう思っている?」と尋ねる。「何とも思ってない」とアントンが答えると水から手が離れるが、彼は「今のところはね」と続ける。扉の外を見るとアンナが手を振り「早く来て」と呼んでいる。2人はそれぞれ手を振り返すが、彼女が今見ているのはアントンの方だ。
*3日目。アンナを訪ねるキリル。デートに誘って「君の事を考えていたらプリザーブへの扉が開いた」と告げる。それはアンナが太陽とビーチに憧れていたのを知っていた事を意味する。キリルが機能者になる前に、親しい仲だったのだと察するアンナ。寒い街や暑い浜辺でデートして距離を縮め、やがてキスする2人。その夜は白バラ館でキリルの歓迎パーティが開催される。アンナを同伴すると、レナータとローザはもの言いたげな表情だ。ローザがアンナを着飾らせる名目で別室へ誘うと、レナータは「何故過去を捨てないの」とキリルを咎める。「アンナは過去じゃない」と反論するキリル。
*パーティに居るのは、アンナ以外は機能者ばかり。中にはキリルの前任者フェリックスも居る。彼は「私も王者だった。最初の週で4つ、1ヶ月で28の扉を開いた。しかし君が現れて見限られた」と語る。検閲官は内なる思いを原料に新たな扉を開くが、フェリックスはここ数年虚しさしか感じていなかった。キリルが訊くと、扉を開く目的は[アルカン]への野望だと教えてくれる。アントンも口にしていた地名だ。
*それは「実在しない」と言う者も居る、未知のパラレルワールド。フェリックスにとっては行くのは不可能な世界だが、アルカンが扉を通して世界を支配していると考えている。「支配を可能にするのが管理官達だ。しかし彼等には会わない方が良い」と忠告するフェリックス。アルカンの話も興味深いが、キリルとしては仕事を辞める方法が気掛かりだ。フェリックスは躊躇いつつ「手綱から逃れようと試みた機能者達は身分を剥奪された。反逆者として収容所行きになる」と小声で話す。「この会話も、手綱を切る事も許されない。反逆と見做される」
*一方ローザと一緒に居るアンナは「機能者が結婚した例は知らない」と聞かされる。殆ど不老不死で、永遠に同じ相手と過ごすのは難しい事だと。更に「機能者は人間じゃないから子供は作れない」と言われて動揺する。その後レナータも「キリルは私達の仲間で、貴女は違う」と言い放つ。キリルとの間に壁を感じたアンナは、そのまま1人で立ち去ってしまう。彼女を追って白バラ館を飛び出すキリル。残されたローザが「何か手を打たないと」と言うと、レナータが「手配済よ」と答える。
*塔で追い付き呼び掛けるが、アンナの態度は硬い。仕方なく扉を開けてやり、アンナを元の世界へ戻す。塔から出るとアンナは「アントンから送迎を頼まれた」と男から声を掛けられ車に乗り込む。運転手は頻りにミネラルウォーターを呷っている。やがて彼女は自宅への道筋から外れていると気付く。
*一方塔には女性調査官が訪れ「貴方のファイルを見たわ。良い人なのね、それに情熱的だわ」と話す。キリルの知らないキリルの資料があるらしく、通常はレナータが管理しているようだ。「規則上、レナータは貸し出しを拒否出来ない」と言う調査官。「貴方は1週間後に変化する。私は既に変化を目撃したわ。アルカンへの扉を開きなさい」「実在するのか?」「ソビエト時代にオレンブルグで繋がったのを最後に、60年間アルカンへの扉は開かれていない」
*「フルシチョフはアルカンでは右翼が勝利すると考え、それを阻もうとしたの。彼等は核で扉を封じた。この件はトツクの核実験として記録されたわ」助けを求めようとしたアンナから着信があるが、重要な話の最中で取り損なうキリル。折り返すも繋がらない。その頃、アンナは機能者である運転手に携帯電話を握り潰されていた。紙を丸めるかのような容易さで。
*調査官は続ける。「アルカンは私達の世界に似ているけど、時代は30年程未来なの。私達はアルカンを[下書き]に出来る。彼等を見本として失敗から学び、争いや災害を避けるのよ。貴方が扉を開けば、私達の世界は完璧になる」頼まれて開けられるものでもないと思うキリルだが、調査官に気圧されて「試してみるよ」と請け負う。
*その後何度掛け直しても、アンナに電話が繋がらない。地図アプリで調べてみると、アンナの家までは塔から15.037km。実家でも困難だったのに、この距離では明らかに限界値を越えている。それでもキリルは彼女の家へ向かう。今夜は周囲に人影がなく、水を飲ませてもらう事は出来ない。干乾びて身体が透けていくキリル。路面に降り積もった雪を貪って、どうにか命拾いする。
*4日目。アントンもアンナに連絡を取ろうとしているが、携帯電話はずっと圏外だ。彼は今、空港で男と対面している。相手は「装置を持つ腕を渡す。考古学者が最近[キャニオン]で見付けた物だ。君のノボシビルスクの近くでね」と言う。干乾びたミイラのような左手が、何かを握り込んでいる遺物。「宇宙人の物だと政府に報告すれば良い。NASAが喜ぶ」「これで世界の崩壊を防げるか?人々を救える?」「無理だな」
*会話の合間にも電話しているアントンに対し、男は「アンナは追放した。彼女は知り過ぎた」と告げる。「越権行為だ。私はあんたの奴隷じゃない」「立場を弁えろ、出世させてやったろ」アントンは憤りながらも遺物の受取署名をする。しかしそれで引き下がらず、男を車に閉じ込めておいてヘリコプターの操縦士に15km離れるように指示。苦しんだ男が暴れて、車のガラスが割れ車体が凹み、挙句に横転する。ヘリが戻るとアントンは男を解放し「今後は私に従え」との条件を承服させてから水を与える。男はアンナを「別の世界へ送り込んだ」と白状する。
*疲弊した状態で塔に戻って倒れていると、アントンからキリルの携帯にメッセージが入る。『扉を開いてアンナを捜せ』との内容だ。状況を察したキリルの強い気持ちが作用したのだろう、今アンナが居る世界[ニルヴァーナ]へと繋がる新たな扉が開く。その世界では空気が澱み、人々には活気がない。色も乏しくモノトーンのように見える。大気には見慣れぬ花の花粉が充満しているようだ。
*その世界を牛耳るのは機能者ヴァシリーサ。後ろ姿をみたキリルが「大男」と呼び掛けてしまう程の逞しい体格だ。そんな初対面だったが彼女はキリルを気に入ったようで、好意的に迎えてくれる。製鉄所で「私達の世界を守る[盾]を作っている」と言うヴァシリーサ。キリルには戦うべき敵の正体が分からない。彼女はキリルには[剣]を作ってくれる。力任せに握ろうとしても持ち上がらなかったが、気持ちを集中して手を翳すとナイフが掌に飛び込んでくる。ナイフはキリルを特別な存在と認めたようだ。
*ヴァシリーサの家に招かれ、酒を酌み交わす。花粉は機能者には影響がないが、人間を無気力にすると言う。それでも人々が逃げ出さないのを不思議がると「最初は気分が悪くなるが、その後は中毒になる」と説明してくれるヴァシリーサ。彼女の仕事は[療養施設]の管理。悪事を働いた者や規則を破った者等、問題のある者が彼女の施設へ送り込まれる。「つまりここは収容所なのか?」「そんな言い方はしないでおくれ、皆幸せなんだ。実際には牢獄だけどね」
*上機嫌なヴァシリーサはキリルにキスをして「良い男だね、若くなければ良かったのに」と笑う。そこへ新たな収容者が連れられて来る。様子を窺っているとアンナの姿が見えた気がするが、明確ではない。ヴァシリーサは収容者の首筋に、目印となる烙印を次々押していく。その作業が済むと、彼女はキリルに「集会で演説して欲しい」と依頼する。
*集会で演台に立つと、今度こそ群衆の中にアンナが確認出来る。目は落ち窪み顔色も悪く、その姿は無気力に見える。キリルは尤もらしい言葉で人々を煽りながら「彼女はこの世界の母だ」とヴァシリーサを讃え「さあ、皆で胴上げしよう」と呼び掛ける。人々がヴァシリーサに群がっている隙に、アンナを連れ出し逃げようとするキリル。歩く事もままならないアンナを抱え上げて走っていると、どうにか群衆から逃れたらしいヴァシリーサが追って来る。
*ヴァシリーサがハンマーを振り回し、弾き飛ばされた鉱石用トロッコがキリル達の行く手を阻む。「この世界も彼等も私のものよ」と言うヴァシリーサ。「あんたも検閲官だろ、人を行き来させるのが俺達の仕事だ。見逃してくれ」と訴えるが聞き入れてはもらえない。已む無くヴァシリーサから与えられたナイフで彼女と戦う事に。全力でハンマーとナイフが激突するが、力が拮抗していて互いに弾かれる。ヴァシリーサは「絶対に行かせない、管理官が激怒する。彼を甘くみない事ね」と言い闘志を見せるが、彼女を見失っていた群衆が駆け寄り取り囲む。そのお陰で2人はニルヴァーナから脱出する。
*塔でアンナを介抱するが彼女の反応は鈍く、回復には時間が掛かりそうだ。そこへコーチャがやって来る。トレードマークである眼鏡を外していて、眼光も鋭い。「人に任せていては前進しないからな」と言う台詞と、纏う雰囲気から察したキリルが「お前が管理官なのか」と言うとそれを認める。コーチャはドッグタグを遠隔操作して「これは手綱を切ろうとした罰だ」と言う。プレートが変形し皮膚に喰い込み、キリルに攻撃を仕掛ける。ヴァシリーサのナイフを投げ付けても、コーチャの眼前で宙に浮いたまま静止する。その間、彼は微動だにしていない。更にドッグタグの虫を操り「これは囚人を攫った罰だ」と言うコーチャ。「俺が解放するまで、お前はこの塔に居ろ。もう舐めた真似をするな。俺は天才でお前は奴隷だ」と畳み掛ける。彼が「管理官に抵抗した事は許してやる」と嗤って立ち去ると、漸くナイフが床に落ちる。キリルの移動限界は50mに設定されてしまう。
*コーチャはアンナをそのままにしたため、キリルは彼女をプリザーブの砂浜に運ぶ。「君の好きな場所だ、ここでならきっと回復する」と。僅かな距離しか移動出来ないため、水際に到着する前にキリルの身体は透け始める。それでも諦めず歩き続けるキリルの胸に手を伸ばし、ドッグタグを掴むアンナ。流血しながらも彼女が金属製の虫型を握り込むと、それは破壊されて単なる金属片になる。
*手綱から解放されたキリル。アンナはまだ話せる状態ではないが、幾らか状態が良くなったように見える。その時、新たな扉が開く。「税関は閉鎖だ」と来客者を追い返し、ベッドで眠るアンナには『直ぐに戻る、安心して待っていて』と書き置きをして扉の向こうへ。その世界では塔の周囲を、見慣れない素材の壁が取り囲んでいる。壁の外に居た1人の男が異変に気付く。
*見付けた階段を上って周囲を見回すと、そこは自分の知るどの世界よりも未来のように思える。そこへ「アルカンへようこそ」と男が声を掛ける。相手は既に自分の名前を知っており「私もキリルだ、キリル・アレクサンドロヴィチ」と名乗る。「何故今日ここへ来た?理由があるのか?」と訊かれ「今日の日付は?」と訊き返す。すると1941年6月22日だと言う。未来ではないのかと戸惑っていると、アルカンのキリルは「君の世界ではヒトラーがソビエトを奇襲した日だったな」と言う。アルカンのヒトラーは自分の未来を知り、ウィーンで画家になっているらしい。年代で言えば過去だが、改めて街を眺めてもアルカンの技術は遥かに進んでいるようだ。
*アルカンのキリルも機能者で検閲官だと言う。「ベリヤとスターリンを別の世界へ導いた。君達の時間で1954年の事だ」と誇らし気に話す。アルカンは共産党を禁止し警備態勢を敷いた。この世界には兵士は誰も入れなかったが、税関は核で破壊された。アルカンのキリルの話を聞いて「この世界はずっと閉ざされていたのか?」と尋ねると「閉ざされていたのは君達の世界だよ。アルカンは他の世界を創造し支配した。他世界の知識を利用し、歴史の実験もした」と答える。キリルの世界の人々はアルカンを[下書き]にするつもりだったが、逆に見本にされていたと言う事だ。「君達の世界で戦争や疫病、災害が起きるのは、我々がそれらを避けたいからだ」と悪怯れずに言うアルカンのキリル。キリルは「賢明なやり方だな」と言うしかない。
*川辺の店でビールを奢ってもらっていたが、気が付けば周囲から人影が消えている。先刻まで多くの人々で賑やかだったのに、客も店員も姿が見えない。警戒しつつ「皆は何処へ?」と問い掛けると「危険だから避難したよ」と言うアルカンのキリル。彼は「不法侵入者は消す」と続ける。キリル同士で揉み合いになり、相手の首を締め上げる。しかし店員が銃を手に加勢したため劣勢に。撃たれたキリルは水に飛び込みたいが、川の水面には白バラ館で遭遇した物と同様のマトリョーシカ・ロボが浮かんでいる。あの時は1体のみと戦ったが今は数が多い。それでも力を振り絞って水に飛び込む。ガトリング砲に加えてミサイルまで水中に撃ち込まれるが、どうにか躱す。
*傷付いたが水で回復し、マトリョーシカから逃れてマンホールから様子を窺う。すると塔と壁の間にペースト状のものが注ぎ込まれている。セメントの類いだろう、扉を塞いでしまうつもりなのだ。決死の覚悟でマンホールの蓋を掴んで走り出すキリル。マトリョーシカに狙われる中、弾や飛び散る破片から蓋で防御。或いは蓋で殴ってマトリョーシカを攻撃する。やがて塔附近まで到達すると、ヴァシリーサのナイフで壁を切り裂く。ペーストに塗れながらも塔へ辿り着くキリル。
*塔の中に倒れ込み安堵したのも束の間、そこにはレナータが居た。妨害されつつも階段を駆け上がるが、2階のベッドにはアンナの姿がない。レナータは「彼女は別の場所へ送ったわ」と言う。問い詰めるがアンナの居場所は聞き出せない。塔は今レナータの意のままに変化するようで、どんどん壊れていく。念動力で瓦礫をぶつけ合う戦いになるが、最後にはヴァシリーサのナイフでレナータの腹部を刺す。彼女を刺すのはこれで2度目だ。「馬鹿ね、どうせ管理官が元に戻すわ」と苦し気に言うとレナータが、次いで塔が崩れ落ちる。
*瓦礫の中で着信音が鳴る。携帯電話に出てみると、数日振りに聞く母の声。塔が崩れたお陰なのか、今日は他人同士ではなく親子として話し掛けてくる。それに応えて、ボロボロの状態だが笑って「元気だよ、母さんは?」と言うキリル。電話の後でナイフを拾い、傷だらけで扉を抱えていると、運転中に塔が崩れる様子を目撃したコーチャが駆け付ける。「お前も俺を殺す気か?」と好戦的に聞くと、コーチャからは逆に殺気が失せて「さあ、どうするかな」と言う。
*アンナを捜すために扉が必要だと考えているキリルを「扉を捨てろ」と説き伏せるコーチャ。「もうポータルは閉じた。2度とアルカンには行けない。だからお前が必要なんだ。この世界は危機に晒されている」コーチャは「世界を救わなければアンナは見付からない」とも言う。「アルカンへの扉を開いたお前は最強の機能者だ。一緒にフェリックスに会いに行こう」
*訊きたい事は他にもある筈だが、キリルはふと「眼鏡は止めたのか?」と尋ねる。するとコーチャは眼鏡を取り出し「掛けるよ、その方が女性にモテるからな」と答える。向かい合って笑うと、2人はコーチャの車に乗り込み走り出す。彼等が現場から離れた頃、消防車が到着し消火作業が始まる。そして意識のなかったレナータが、水を浴びて再び動き出す。
■雑感・メモ等
*映画『パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け』
*レンタルにて鑑賞
*ロシア製SFアクション
*予告編を見て、マトリョーシカ・ロボに釣られてレンタル。『ナイト・ウォッチ』著者セルゲイ・ルキヤネンコのSF小説が原作との事。邦訳されていないので原作と映画との差異等は不明。映画に限って言えば、設定が非常に分かり難いと思う。見ながら終始茫然としていて置き去りにされてた感じ。
*分かる範囲内で設定をまとめると[機能者]と言う、所謂超能力者と[異世界/パラレルワールド]がお話の軸になっている。機能者は殆ど不老不死、身体能力も規格外。肉体へのダメージは水を飲む事で回復。機能者の能力はそれぞれ異なり、主人公キリルの場合はパラレルワールドへと繋がる扉を開ける事が出来る。彼はパラレルワールドを接続するポータル[塔]で、検閲官としての仕事も任される事に。様々な世界を自由に旅出来る訳ではなく、ドッグタグ型の装置[手綱]で行動を制限される。キリルは塔から15km以内が移動可能範囲。機能者はモスクワに100人以上、異世界キムギムに9人居る。
*先ず分からないのが、機能者として目覚めるのか選ばれるのかと言う点。キリルは全くの無自覚に見えた。ローザは「27歳の時に選ばれた」と言っていたけど、これが白バラ館を任せられたとの意味ではなく機能者として選ばれたのなら、普通の人間が能力を開花されたり植え付けられたりするんだろか。もしそうだとすれば人間を機能者に変化させる者(そう言った能力を持つ機能者)が居るのかな?
*水で回復する辺りは機能者とはそう言うものだと捉えるしかないけど、存在が人の記憶やデータから消え失せるのはどんな仕組みなんだろ。それも機能者の誰かの能力なのか?レナータがやっているのかもしれないけど、説明が薄いから分からないんだよね。異世界を繋ぐキリルが税関役を担うのは合理的に思えるけど、他の機能者の能力はあまり描写されない。ローザは(ネタバレでは端折ったけど)バスタブを凍らせてキリルに割らせると言う場面があるから、水や氷を操る系の能力なのかも。そうだとしたら能力とは無関係に思える白バラ館を任されている理由は不明。
*人間の中にはパラレルワールドの存在を知る、ある種の特権階級[知る者]が居る。この部分も殆ど描写がなく、アントンの立場もよく分からない。「キリルを監督するのが仕事」とか言ってたけど、調査官は機能者側の、アントンは人間側の監督役て感じなのかな。アントンと言えば、ヘリで15km飛ばせて機能者を締め上げる場面も分からない。キリルは塔から15kmが行動範囲として手綱を設定されてたけど、あの機能者の場合はどうなってるのか。因みに他の登場人物の年齢が分からなかったからネタバレでは省いたけど、アントンは37歳離婚歴あり。(キリルに質問されて答えてた。)
*細かい部分で言えば、キリルの前任者の立場が気掛かり。反逆者と言う訳ではないけど、役割を果たせない者はどう扱われるのかな。機能者達はアルカンへの扉を開きたいと考えていたけど、アントンが否定的だったのは何故なのか。あとキリルはどうして移動する時にペットボトルとか持ち歩かないの。
*パラレルワールドの設定も分かり難い。互いに別の世界を[下書き]にしようとするのは面白いけど、ヒトラーのような大きな事象を変化させれば世界の成り立ちも全く変わってしまうだろうし、その後はお手本にはならないのでは。キムギムやアルカンは元の世界と同様に(それぞれ様子は違えど)モスクワだったみたいだけどプリザーブは浜辺だし、アルカンは何故年代が違うのか。ヒトラー以外の人間は、それぞれの世界には存在しないのか。
*終盤でレナータが管理官の命令で動いていた訳ではないのなら反逆者になるんじゃないかと思うけど、だとしたらどんな理由でキリルを襲ったんだろ。母親が(そして恐らく全ての人が)キリルを再認識するようになった理由は何か。塔が壊れたせいか、レナータの能力で存在が消されていたせいで元に戻ったのか。レナータの方なら最後に意識を取り戻したけど大丈夫なのかな?塔かそれ以外の理由なら、他の機能者の記録や記憶も元に戻る?それはそれで問題が起こりそう。世界はどんな危機に直面しているのか、そして最後の最後でキリルの前任者フェリックスに会いに行く理由とは何なのか。
*見ている最中はこんな感じであれこれ謎や疑問に襲われる。如何にも続編がありそうな幕切れだったから追々明らかになる予定なのかもしれないけど、全体的にもう少し情報が欲しい。
*でも何だか嫌いじゃないのは、キリルとコーチャの関係性が面白いから。バディ→敵対→バディてな感じ。コーチャは今回出てきた役職の中では一番地位が高いらしいのに、キリルの傍で延々芝居してたのかと思うと楽しい。実はコーチャが管理官として登場した時は人相が違うから「これ誰?」と暫く悩んでしまった。因みに「名前はコンスタンティン、コーチャって呼んで」みたいな事を言ってたから(少なくとも人間としての)本名はコンスタンティンらしい。
*振り返ってみるとコーチャからだけではなく、キリルは皆の人気者だよね。レナータやローザ、ヴァシリーサにも気に入られてた感じ。キリルはひたすらにアンナだけど、冒頭で誤解や勢いではなく冷静に別れを言い渡されてるから、どうも肩入れし難い。記憶を失くしてるけどアンナにとってはこれで良いのか?と言う気持ちになる。
*沢山の疑問点や今後の展開が気になる。マトリョーシカ・ロボは期待通り可愛かったけど、他にも異世界ならではのギミックとかもっと見たかった。そんなこんなで続編に期待したいけど、果たして制作されるのか制作されたとしても日本で視聴可能なのかは微妙なライン。