物語は語られず、夜に終わる | Proof of...

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祈る神を持たない僕は、ただ言葉の力を信じている。全ての言葉に僕の意味を。

木洩れ日。
数百、数千、数万の枝葉を掻き分けて、それでも光は地表を照らす。その光は絶えず拡散、収束を繰り返し、しかしそのぶれの中にあってある一点のみは逃すまいと照らし続ける。暖かい風が通り抜け、幾枚もの葉が囁くように音を立てる。その音の波は私達を圧倒するように取囲み、呑み込み、そして次の瞬間に凪ぐ。そのざわめきの間にも、光は幾度もその柔軟な体をくねらせ、時に重力に逆らって、それを目指す。一見無駄とも思える光線の蛇行は、やがて私達に形としての成果を見せつける。
発芽。
気の遠くなるような時間をかけて、それは腐葉土を掻き分け姿を現す。光がもたらす僅かながらの熱を着々と蓄え、それは私たちの目の届かぬ場所で確実な成長を遂げていたのだ。慎重に、慎重に、それは産声をあげるために外気に少しずつ呼吸を慣らす。自身と世界の距離を探る。注意深く。そして光が、空気が、そして世界が、その存在に一瞬に満たない注目を注いだ刹那、それは自身を自身として、空を仰いだ。
暗転。
それが仰ぐ空に光は無い。純然たる糧としての熱は、それを既に照らしてはいない。それの視線の先にあるのは、たった一枚の、しかしぶ厚く、遮光性のある葉である。突然訪れたのは、これまでの庇護を裏切る世界からの拒絶であった。しかしそれである彼は、その事実にも気付かないのであろうか、いまだ一点を凝視している。彼の視線は本来の光の道筋を逆行し、遥かその光源まで透過する。それは彼の純真さ(程度の問題ではなく観念としてそれ以外のものを持ち得ないという意味での)に依るのだろうか。彼の視線に私たちの視線を重ねるが、その線は分厚い葉に遮られる。私たちには何かが欠けているせいだろうか。いや、寧ろ我々がより多くを得た結果なのだろう。その唯一にして絶対の闇を司る葉に、彼は敵意も、憎悪も、ましてや恐怖すら感じてはいない。その感情はただ、疑問にのみ向けられていた。
追悼。
私達の視線は、まだ彼を捉えている。その姿は最早形を保つことも堪えず、黒く歪な塊として陰に埋もれている。私達が彼の心の内を伺い知る術は無い。そして朽ち行く彼にたった一言の救いの声すらかける術を持ち得ない。見る存在としての私達は、せめて考える。最早思考すら叶わない彼に代わって。意味を。様々な意味を。
冷たい風が吹き始めた。この物語の始まりはここで終わる。
立ち去る私達は、そこでふと気づく。私達の影に、黒く小さな陰がかくれていることに。私達もまた、朽ち果て行くプロセスの内にいる。



















自問自答。
僕は何故こうして闇に包まれ、凍えているのだろう。僕は、望まれてこの世界に現れたのではなかったのだろうか。それまで与えられた光は、熱は、誰かの気まぐれであったのだろうか。誰だ。それは誰の気まぐれだ。そこには何者かの意思が存在したのだろうか。僕の存在はその者の支配下にあるのだろうか。ならばなぜ、僕はこの世界に拒絶されるのだろう。僕はこのまま消えて、ああ、誰にも知られずに消えて、存在した証すら遺さず消えてしまうのだろうな。それならば、初めから僕の存在など、無いと等しいではないか。それは少し哀しいことではないか。僕は哀しみを感じているのだろうか。本当に?これは本当にボクジシンノイシだと言えるのだろうか。世界とは、何者だ。僕は、何者だ。冷たい風に晒され、僕の感覚は研ぎ澄まされていく。それに伴って意識は急速に外へ広がっている。僕は、ボクジシンノイシを何かに重ねる。取り込まれる。僕の物語の始まりは、こうして終わる。



『物語は語られず、夜に終わる』