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スネークの右腕とも言えるミラーだが、彼には少しばかり悪い癖があるようだった。

すぐに手近な女に手を出すのだ。

10代は対象外なのか、私には何もしてこないが…。

その代わりと言ってはなんだが、マザーベースで数少ない女性兵士に、次々と声をかけているらしい。

女の方も女の方で、よせばいいのに簡単に引っかかってしまう。

あんな男でも外見だけは悪くないというのが、問題の根幹なのかもしれない。

今日もそんなミラーの悪い癖がトラブルの種となったようだ。

スネークとミラーが珍しくケンカしているところを、私は目撃した。

シャワー室から出てきた二人は、全裸で殴り合っていた。

私も男の裸を見て頬を赤らめるほど子供ではないが、これにはさすがに驚いた。

「これで少しは懲りろ!」などと叫びつつ、スネークはミラーの胸を殴りつける。

あとから聞いた話だが、どうやらミラーが二股をかけていて、女性兵士がそのことでスネークに相談したらしい。

私に言わせれば、そんなことは騙される女が悪い。

ミラーに誠意がないことを見抜けないと言うのは、女としてレベルが低すぎる。

しかし、こうしたことはこれまでにも何度となくあったようで、さすがにスネークがミラーに注意した。

それにミラーが反論し、そのうち悪口の言い合いになり、殴り合いへと発展したらしかった。

「やりやがったな!」とミラーもスネークを殴り返す。

スネークは「いいパンチだ」と笑い、「だが俺には効かん」と反撃に転じる。

シャワー室でも相当殴り合ったらしく、二人はすでにアザだらけになっていた。

戦闘のために鍛えられた彼らの肉体は、全身が凶器と言ってもいい。

殴り合うだけでもあちこち出血していた。

とはいえ、彼らが本気になればこの程度では済まないだろう。

全力で戦えば、どちらかが死ぬのは明白だ。

「これならどうだ!」と再び拳を振るうミラー。

スネークも殴り返す。

しかし、やはり急所は外しているようだ。

「さすがだな、ボス…」

――息を整えながらつぶやいたミラーの頬にも、笑みが浮かんでいた。

それからも二人は、しばらく殴り合いを続けた。

汗が弾け飛び、肌に血がにじむ。

殺意も憎しみもない殴り合い。

こんな暴力行為は見たことがなかった。

それでも二人はただ馴れ合っているのではなく、お互いの技術を尽くして戦っている。

スポーツのようにルールがあるわけでもないのに、どうしてこんなことができるのだろう?

奇妙な戦いはやがて、二人が疲れ果てることでようやく終わった。

相手のボロボロになった姿を見て、二人はどちらからともなく大笑いを始め、抱き合って相手の健闘を讃えた。

バカとしか思えなかった。

私には彼らの気持ちは理解できない。

けれどなんとなく、女好きと言われているミラーが、本当に信頼しているのはスネークだけなだろうという気がした。

私などが二人の間に入り込むことはできないのだろう。

そう思うと少し、負けたような気がした。
マザーベースでは毎月、その月生まれの兵士達を集めて誕生会をやっている。

戦闘集団がバースデーパーティというのもまたミスマッチだけど、要するに酒を飲んで騒ぐための名目らしい。

洋上の要塞としては、酒を手に入れるのも楽じゃない。

日頃は訓練に明け暮れていることもあり、なかなか自由に酒を飲んだりもできないようだ。

そこで兵士達の息抜きのために、スネークとミラーが毎月こうしたパーティをすると決めたのだという。

もちろん無骨な戦士たちの誕生会だけに、ケーキの蝋燭を吹き消したりなんて気取ったことはしない。

煙草の煙が立ちこめる中、酒を飲んで肉を喰らう。

下品な冗談や、お互いの出身を揶揄した差別語が飛び交う。

けれど本気のケンカになることはあまりないようだ。

口ではいろいろ言いつつも、皆このパーティを楽しんでいるみたいだった。

不思議なものだ。

サンディニスタ(FSLN)にいた人もいれば、UCLAにいた人もいて、昔はお互い敵同士だったはずなのに。

これもあの男、ビッグボス(BIGBOSS)
の人望のなせる業なのか。

それとも国を捨てたことで他国へ憎しみも消えてしまったのか。

ミラーは「下品なヤツばかりで悪いな」などと私に気を遣ってくれたけど、そのうち自分も酔っぱらってしまったらしい。

「本当の俺を見てくれ!」などと叫び、ズボンを下ろしてみんなに尻を見せ始めた。

他の兵士達も爆笑だ。

なんてバカらしいパーティなんだろう。

けれど…。

こんな風にくだらないことをして笑っているのが、もしかしたら平和というものなのだろうか?

私はなぜか、ここに来てからのことをひとつひとつ思い出していた。

チコ達とした釣り、アマンダやセシールとの料理、みんなとのサッカー、風邪のときに見舞いに来てくれた人たち…。

思えばここに来てからが、私の人生でもっとも平和な時だったのかもしれない。

しかし、それももう終わる。

彼が交渉に応じるとも思えない。

私は他ならぬビッグボス(BIGBOSS)と戦うことになる。

私がビッグボス(BIGBOSS)に勝てるかは疑問だが、サイファー(CIPHER)に逆らうのは死よりも恐ろしい。

ただ死ぬのであれば怖くはないが、命令に背けば、私はそれ以上の恐怖と絶望を味わうことになるのだろう。

それに、孤児だった私に住む場所と食料を与えてくれたのはサイファー(CIPHER)だ。

その命令は常に理不尽ではあったが、恩を忘れたわけではない。

やはり私は、あの男と戦うしかないのだろう。
健康管理もエージェントの大切な仕事ではあるが、不覚にも風邪に罹ってしまった。

考えてみればマザーベースの人口は増加傾向にあり、様々な出身地の兵士が様々な経緯で集まってきている。

いつどこから未知のウィルスが持ち込まれてもおかしくはない。

とはいえ、私が感染したのはただの風邪だった。
数日寝ていれば治るという医療班の診察に基づき、私は自室でひたすらベッドに身を横たえるしかなかった。

理解し合える相手がいないことには、もう慣れたつもりだったけれど…。

こんなときは、やはり自分が一人であることを惨めに思う。

私はただニュークの背を撫で、つらさを紛らわせた。

ニュークは黙って私の隣にいてくれた。

けれど横になっている間に、アマンダやチコ、ヒューイ、セシール、ミラー、それから私と比較的に仲の良い何人かの兵士が見舞いに訪れた。

アマンダは風邪に効くという薬草入りのスープを作ってくれた。

ミラーは「今はゆっくり休め。俺が子守歌を歌ってやる」と、ギターを持ってきて、日本語のわけのわからない歌を歌った。

歌詞の意味はわからなかったが、歌が下手なことだけはよくわかった。

その後、「風邪には座薬が効く!俺が見本を…」とズボンを脱ごうとしたので、そばにあったティッシュの箱を投げつけて追い出した。

それからストレンジラブも来た。

なんでも、インドのいい薬を持っているという。

「ユーカリの葉のエキスが入っていて、胸に塗るとよく効くの」――そう言って彼女は、私のジャージを脱がせようとした。

もちろん、枕でぶん殴って追い返した。

チコは小さな花をコップに入れて持ってきた。

何かに付着してマザーベースに持ち込まれたわずかな土から、勝手に生えてきたものらしい。

「これ、甲板でみつけたんだ。やるよ」などと素っ気ない態度を取っていたものの、どうもチコは私のことを好きなようだ。

彼らは理解者ではない。

見舞いに来てもらったことを、素直に喜ぶこともできなかった。

夜になって、スネークまで私の部屋に来た。

私をただの女子学生と信じて気遣ってくれる彼に、私は尋ねてみた。

なぜ国を捨てたのか?

なぜMSFを組織したのか?

もちろん私は、その答えを知っている。

けれど、一度は彼の口から聞いてみたかったのだ。

想像はしていたが、彼は多くを語らなかった。

ただ、自分は戦うことしかできなかった故に国に捨てられたと。

それでも戦うことしかできない故にMSFが必要だったと。

そして彼は言った。

「俺には戦いしかわからない。だが、平和を信じるものを否定しようとは思わない」。

私だって平和など信じていない。

闘争こそが人間の本質だ。

生き残るには、敵を倒さなくてはならない。

もしかしたら、私たちは似たもの同士だったのかもしれない。

けれど、だからこそ私は、彼を殺すことになるだろう。

あるいは私が殺されるか。

このままろくでもない人生を続けることを考えると、この男に殺されるのも悪くないように思えた。