「子を待つ島」の続きです。



沼島の周りを船が行く。

関東平野で生まれ育った私には、
何もかもが新鮮で、感動の連続。

海をのぞき込んで、

「くらげが見えるよ!」

そう叫んだ私に、

「え?
 それ普通だよ」

と、みかっちさんが笑う。



船が沼島の観光名所でもある、
上立神岩のすぐそばに来た。

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海がひどく荒れているから通り過ぎるだけ、
と言っていたお父さんが、
海が凪いだからと、
上立神岩をよく見られるように
船を停泊させてくれた。

上立神岩に向かって
私達は身を乗り出す。

私達を乗せた船が浮かぶ海は、
眠る子を起さぬよう、
音を立てずにいる母親のように、
静かに静かにそこにある。



みかっちさんが
とつとつと話したことを思い出す。

彼女が島に帰るのは3年ぶり。
そこで起こった色々なことに心痛め、
彼女は島を後にし、大阪に出た。

それきり一度も島に戻ることはなかった。
もちろん、ご両親に会うこともなかった。

船着き場でお父さんと、
船に一緒に乗り込んだお母さんと、
普通に話すみかっちさんを見て、
あまりにも自然で、
そんなに会っていないなんて、
思えないほどだった。

そして、
その自然な様子が、逆に胸に沁みた。

お互いがお互いを案じ、
どうしているだろうと想いを馳せながら、
それを表には出さずにいたであろう親子、

それをおくびにも出さない、
まるで昨日も一緒にいたかのようなその様子は、
返って深い愛情を私に感じさせた。

家族というものの、
近くて遠い、
けれどやっぱり誰よりも近い、
そんな親子の絆を。



みかっちさんは言葉少なに海を見ている。
学校には行かないという選択をした、
彼女の娘さんも。

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撮影:あぶ



お父さんは、いつもそうするように、
マイクを使って沼島のお話や、
伊耶那岐命(いざなぎのみこと)、
伊耶那美命(いざなみのみこと)

神話を聞かせてくれる。

世界に3カ所しかない「地球のしわ」のある岩も、
船で近くまで寄って見せてくださった。

厳粛な、けれど、心地よく楽しい、
不思議な時間が流れる。



船が島をぐるっと一周し沼島に上陸した。

みかっちさんのお父さんは、
私達にハモ料理をごちそうしてくださった。
ハモづくしだ。
こんな高価な料理を…

3年ぶりに帰った娘と孫、
そして、その友達のために。

お父さんとお母さんは、
おいしい、おいしい、と言う私達のかたわらで、
ざるうどんを食べていた。

hamo




沼島は人口600人くらいの小さな島。
その周囲は10キロ程度だそうだ。
その狭い島もほとんどが山林で、
海に面したわずかな土地に
沼島の人達が暮らす。

ほとんどの人が漁師で、
あとは食べ物屋さん。

スーパーもない。
ましてやコンビニなんてない。

狭くくねる路地をはさみ、
民家が建ち並び、その後ろは深い山だ。

古い映画の中に迷い込んだような町並み。

非現実的な光景の中で、
私は時間と空間の感覚を失う。
自分が誰でどこで何をしている人間なのか、
そんなものもみんな消え去って、
ただ、私は沼島の懐にいだかれそこいる。

そして、そんな沼島も、
そこに暮らす人達にとっては日常だ。

ずっと言葉少ないみかっちさんにとっても、
沼島は日常だった。

人とすれ違う時、

「あ…
 おひさしぶりです」

前髪をいじりながら、
少し顔を隠す感じでそう言うみかっちさん。

私には戸惑っているように見えた。

彼女にここで起こったこと、
そこで彼女が心を痛めていたこと、
強くあろうと意を決したこと、
それを思い出した。

彼女のすべてではないけれど、
その人生の一部を、
彼女のブログで垣間見ることができる。

お母ちゃん①
お母ちゃん②
お母ちゃん③
お母ちゃん④
お母ちゃん⑤



「ありがとうね」

みかっちさんが言う。

私とみかちゃんは、
アメブロで知り合い、
個人的にやりとりするようになり、
友達になった。
彼女はあぶともすぐに仲良しになった。

そして、彼女に会いたくて、
私達は大阪行きを決めた。

それを伝えた時、
こっちまで来てくれるなら、
自分が生まれた沼島に一緒に行かないかと、
みかっちさんが言った。

私達はふたつ返事でOKした。

自分ひとりでは、
なかなか沼島に帰れなかったけれど、
私達の訪問をきっかけに帰ってみようか、
彼女はそう思ったようだった。

そんな彼女の「ありがとう」の中に、
いっぱい詰まったたくさんの想いが、
沼島の澄んだ空気に響いて鳴り渡り、
私の胸を強く打った。



私達は、八幡神社を皮切りに、
沼島を巡り始めた。

彼女が生まれ育った小さな島を歩きながら、
辿る場所場所で語られる、
彼女のおいたちやそこで起こったことを、
私は聞いていた。



天気予報では雨だったその日、
船に乗り込むと少しずつ晴れて、
島を巡る頃には
初夏を感じさせるほどの太陽が、
空を真っ青にしていた。

そんな様子を見てみかっちさんが言った。

「すごいね。
 天気も海もこんなになった。
 恵美ちゃんとあぶさん、歓迎されてるんや」

私は彼女に言った。

「違うよ」



つづく。