枯葉の茶色から、所々、
新芽の緑色になりつつある海沿いの林です@海岸通り。
自分の人生を
良きモノにしていくためには、
行動することは、
もちろん大事だけど、
同じくらい、
時を待つことも大事なんだな・・って話は、
この記事にも書きましたが。
算命学的を学んでいくと、
ぶっちゃけ、
「運がいいタイミング」って、
そんなに多くないことを、
知るわけでございます・・^^;。
ワタシみたいな、
ややこしい命式を持ってる人は、特に・・
しかし、たとえそうであっても、
ワタシから見て、
「この人、穏やかで幸せに人生を謳歌してるなあ」
という人を見ていて思うのは、
運がよかろうと悪かろうと、
その時の自分にできることを、
地味にコツコツと続けている人であることにも
気づきます。
やり過ぎでも、
やらな過ぎでもなく、
薄紙を一枚ずつ重ねるように、
丁寧に、淡々と。
それって、
自分で自分の運を育てている。
ということでもあるのかなと、
思ったりするのです、
巡ってくる運がいい時に、
それに助けられて上手く行ったことって、
その運気が終われば、元通りだけど、
自分がコツコツと積み重ねたことって、
その時間を
「身体」が「力」として蓄えて、
自分の深いところにある、
「器」を育てるので、
そこを拠り所にしてる限り、
外圧に揺らがない・・というより、
揺らいでも、
しなやかに戻ってくることができる。
結果的に、
運の良し悪し振り回されることなく、
健やかに、人生を送れるように思います。
逆に、そういう、
コツコツとした時間と質が、
身体に積み重なることなく、
つまり、
自分の内側の器が整わないまま、
いたずらに成功してしまうと、
力のない小さな器は、
成功とセットでやってくる、
様々な外圧を、受けとめきれないので、
結果、グラグラと不安定になり、
崩れてしまう。
特に財が絡む事とかに関しては、
やっぱり、器を育てることを、
じっくり待てる事が
大事だったりするかな・・。
新芽が美味しそう・・♡と、思ってる食いしん坊。
そして、
運気というのは、
良いか悪いかというより、
自分と、
自分を取り巻く自然とが、
反応することで、
どんな現象となって現れるか?
ってことなので、
それを、
どう生かすかは、
自分次第。
なので、そもそも、
振り回されるものではないと
ワタシは思っています。
自分を知る事も、運気を知る事も、
それを知った自分は、どうしたいか?
を、いつも大事にしていける自分でいたいものです。
そんなことを、徒然思う、
三連休の中日の、つぶやきでした^^。
自分の土台・器作りの一助に・・♪