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emitandyのお城、古墳・歴史大好きブログ

歴史好きで寺社仏閣、行き先々で発見してはブログにup中。


今日は「豊臣兄弟」のイベントで

「大和郡山」に来ています











まずは13時〜上のハガキを座席券に

取り替えなければいけないんですね




座席券取り替えれば

4時までは自由なので、ドラマ館に入って

お城の桜を見てこようと思っています






桜祭りをしているので

すごい人です


天気も今週明日30日くらいから

雨模様となりそうなので、

今日は桜花見、大和郡山はピークですかね



今日のイベントは


以前私が読んでいた





この本の著者・大河ドラマ「豊臣兄弟」の

時代考証でもある黒田基樹先生

藤堂高虎役で出演する佳久創さんの

トークライブのイベントです



お城は昨年秋にきたばかりだけれど

春はまた装いは変わっているし

とにかく人が多いし、賑わっています!















第11話「本圀寺の変」


「足利義昭を将軍となし奉り

幕府の威光を世に知らしめるのです」と光秀



「必や 義昭様を京へお連れし

   天下布武を成し遂げて

      ご覧入れまする」 と信長


そこへ京へ行く道を得るために

北近江の浅井長政と同盟を結び

妹の市を嫁がせた


その頃 畿内の支配をしていたのが

三好三人衆でその勢力を退け制圧


室町幕府の再興を果たしのである




信長と浅井氏と手を組むために

市を浅井長政へ嫁がせました

本編でも「浅井長政はあざいながまさ」と

「ざ」と濁るんですね

結構これは浸透してきたように思います


また、信長が美濃の後方を固めるために

徳川家康には信長は長女五徳姫を

家康の長男信康に嫁がせるなどをして

憂いをなくしているのです


松永久秀が「竹中直人」さんなんですね

一筋縄では終わらせない感じがします

きっと大いに小一郎(秀長)と関係してくる

のだと思います


それにしても「芥川城」













近年では松永久秀は「高槻」出身だと

言われているそうです


大和国を安堵してほしいと言っています

松永久秀は👇




実際にこの標識のところまで行ったのですが

現在は「若草中学校」になっているので

入れませんでした

東大寺、興福寺の近くなので

こんなところに居城をおいていた事に

驚きました

後に小一郎(秀長)は大和郡山に居城を

おいたヒントになっているのかな


「本圀寺の変」では小一郎(秀長)が小芝居を

して何とかなる時間稼ぎをしたりしていたけれど、

明智光秀は今回門の中で戦ったけれど、

「本能寺の変」では門外から攻める側に

なるのですね

この「本圀寺の変」がある意味ヒントと

なったという事でしょうか?


最近秀吉は「本能寺の変」の時には

遅刻してきたという論文が出たとよう

ですが、それを加味して描かれる

事になるのでしょうか





















2026年3月の春分の日の三連休に

帰省してきました。


いつもの様に実家で過ごして

美味しいものをいただき、

時間があったので




久しぶりに

茶の都ミュージアムにいってのんびり

見学、そしてお茶を買ってきました


帰るときにお茶はたくさんもらうのだけれど、

大好きなお茶を買って帰りたいんですよね




色々と好みはあるでしょうけれど

簡単に飲みたい時に飲めるので

このタイプも好き



その後、すぐ近くにある

諏訪原城へ




といっても、あと20分くらいしか

時間ないという感じなんだけれど、

やはり行きたくなってしまった





以前来た時は無かったような☝️の

パネル














鉄砲の弾です









へぇ〜もう時間?


帰らねば、少しの時間でも

何かしていたい



その夜は、ご馳走していただきました


「うなぎ」





美味しかった〜主人は白焼き


私は蒲焼でした😃




さてさて、

もう帰る日だって


来たからには帰らねばです


義母も元気!

99歳!


11月の誕生日で100歳!


元気をもらって帰ります。


帰りは、掛川にある






「資生堂アートハウス」に

行ってきました




























アートもいいですね



私の母の姉(叔母)が

資生堂の工場で働いて

いたので20歳の時に化粧品を

資生堂のスキンケアーセットを

全部揃えてもらってお祝いしてくださって

それから資生堂を好んで使っているので

行ってみたかったんですよね






こんな本の表紙だったら嬉しいですよね








ふとこの展示品の左手前にある




これ☝️に見覚えがあって

叔母から20歳の時にもらった

コンパクト(おしろい)と同じ🌟



早速帰ってみてみると






使わずにいたんです


すっごく嬉しい☺️


叔母に話さないとだわ


残念なことにこのアートハウスも

5月末日とかで閉館されるそうです


残念😢ですね



そんな時間を過ごして

帰路につきました!








ドラマは第三章に入って



第10話「信長上洛」


信長は「稲葉山城」を落とし

城に入って「岐阜」と名を改めた



永禄10年9月

「美濃平定」


「天下布武」 

武力によって「天下」を平定する


現在はこの「天下」とは日本全体のこと

ではなく👇の図



足利将軍の支配領域

京都を中核とした5畿内のことを指して

「天下」と言って

「足利将軍家」の「再興」を

意味していたのである





岐阜城下 木下屋敷から始まって


蜂須賀小六正勝が


「解せぬ」と障子を開けて入ってくる


「今度は何が解せずのじゃ

 と言いながらも

 小一郎はしつこい小六の愚痴を

 聞いてあげる


「半兵衛の屋敷の方が広いのは何故じゃ」と

文句をいう小六

実際には「正勝殿」と諱を言っていますね


「決まっておろう、

      殿の好みじゃ」


言って障子を閉める小一郎


あさひの夫甚助が

縦の四本線に横線を引いて

小六は5回は文句を

言ってきたのだとわかる




それでも引き下がらない小六に

小一郎(秀長)は

「信長様のお眼鏡に適えば、

 上に引き上げてくださるのじゃ」


「公平ではないか」


「正勝殿のことは

 兄者(藤吉郎秀吉)がちゃんと

 気にかけてくださる」と言って


木箱に入っている茶碗を渡す


お金が入っているかと思って

中を開けるが、茶碗だった

価値なしとみて、投げて返すものの


褒美のもので30貫(300万円?)

もすると聞くと

走ってもどってくる小六


信長は茶器に価値をつけて

買い取っていますね

この小六への茶碗ブームが起きていると

いう事に関連しているのではないかと

思いながらみています


「お茶は薬」から「茶の湯の文化」へと

変化しているということもありますね





それにしても小一郎は

兄者から難題を突然言われてもいいようにと

配下の者達の調整を細かに把握して

治めようとしています

そんな小一郎のことを目の当たりにした

小六は驚いていました



場面は変わって


永禄10年


藤吉郎秀吉が竹中半兵衛と

ある人物を待っています


登場したのは

「明智十兵衛光秀」と名乗り

従者?の2人でした


冒頭で蜂須賀小六の褒美は小一郎が言っていた

ように秀吉が与える権限があり、

この明智光秀を一緒に迎えた竹中半兵衛は

「与力」としていたので、ここで扱いの差が

見えます。「家が小さい」と小六が嘆いたのは

仕方ないかな。


それにしても光秀の言葉端々に、

「我ら」とか従者の言いなりになっていたり

茶店では座らないし、先に団子を勧められても

食べないし、従者は先に食べちゃうし


秀吉がわからない方が😆おかしい感じ(笑)



結局、従者は足利義昭なんだけれど、

この2代目尾上右近さんは歌舞伎役者でも

あるし、


清元節宗家の清元栄寿太夫という別名も

あるように

清元宗家延寿太夫の次男なんですよね


この清元延寿太夫さんも

子役や、俳優として活動されて

いたのですよね

「口元」が似ているかな


私が知っている大河ドラマでは

「真田太平記」で鈴木主水の息子である

「鈴木右近」役で出演していました


「どうする家康」ではどうしようもない

義昭だったけれど、今回はなんか

嬉しい限りです


「本圀寺の変」を描くとは面白い

けれど、豊臣兄弟の秀長をどう描くのかな?

資料がないからどうでも描けるところが

面白いということかな


昨今の大河ドラマは小説ありきではないし

「真田太平記」にしても池波正太郎先生の作品を

もとにしているので本を読んでいるものとしては

楽しかったし、また読みたくなるしというところ

だけれど、

小説であらすじを知っていたと思っていた

私たちにとって、

「現在は研究で新発見がありました」という

ような感じでドラマが展開していることも

あるので、学び直すチャンスなのかと思って

楽しんでいます


お市様が浅井家に嫁ぎました


浅井長政は優しそうだけれど、

「浅井久政」→長政の父

「怖い😱」怖かった〜


浅井久政役→榎木孝明さん、


「功名が辻」では「浅井長政」役でした


JR河毛駅前(滋賀県長浜市湖北町)👇

2021年9月撮影したものですが💦



暗い、


浅井長政とお市の銅像がありました



今回、主人とドラマをみていて

「ここも行ったね」とか

話が弾みました

じっくりみたい主人の邪魔ばかりして

いました💦💦



信長は各方面に上洛を促して

誰が敵か味方かなどを見極めていますが、

「つまらない」といって

高みから京をみています


「どこ」?そこはどこ?


なんですかね、



「二条古城」かな?




好きな時代のドラマとなると

1話見るだけで、頭の中の引き出しから

出しては思い出しているので、

「あっ」と言う間におわっちゃいます
















「道の駅」巡りは

福岡に転勤している時から始まりました。


現在関西にいますが、

「道の駅みき」も大好きな

道の駅の一つです


なんと言っても「三木城」の近くなんです





何回かブログに書いているけれど

いつものとこすぎるので

ブログにアップしてないことが多い


「三木城跡」



「豊臣兄弟」では

三木城のことを

詳しく取り上げるのかな?


市立みき歴史資料館




「長治煎餅」










このお菓子は古来の

「松風」の製法と味をそのままな風味の

サクサクとしたお菓子です





現在は西本願寺前の「亀屋陸奥」さんの

「松風」と味は似ています

亀屋陸奥さんのはパンのようにモチモチです






「今はただ 恨みもあらじ 諸人の

   いのちに代はる  我が身と思へば」



弱冠23歳の長治公の辞世の句






上の説明の中で


『この戦いは、別所方の兵士の子孫である

作家司馬遼太郎の、ベストセラー「播磨灘物語」

にも詳しいところです』とありました



この合戦の最中に竹中半兵衛は

亡くなります





三木城跡からも見える?

「秀吉本陣」跡にも行っています


☝️近くには竹中半兵衛が亡くなったと

されているところもあって、今でも大切に

お参りされているんです


今回、初めて資料館において

この三木城攻めのジオラマを使って

話を聞きました




このジオラマには

羽柴秀長ではなく羽柴与一郎が本丸近くに

陣をおいています

説明では「秀長」のことだと

話されていました


別所側は

このお菓子でもわかるように

当時も兵糧として食べていたのでしょう

それを鑑みても

本願寺側と繋がっていたのですね

その西側には毛利

なかなか落ちないわけです

話では

川を伝って送っていたのだから

川に流す時は中が濡れないように

それを見破った秀吉側がとった





作戦が☝️ということです





お菓子からみる歴史の楽しさを

感じました