この世のすべては"大きな意識"がエネルギー体として形で現れているもので、私の体も「意識のここ」をするために現れている存在だと思っています。


個人として現れているので、私と他者は別々の意識を持っていると長い間思っていましたが、この世では"考え方などこの体の機能を使いできること"はそれぞれ違って行ないますが、意識の部分は「繋がっている」と言うよりも大きな意識そのものにアクセスしているのだと思っています。


今生きている人たちは、人が作った社会の中に生まれて来ていて、社会の中で自分がどう生きるかを考えたり、周りを見て自分を判断したりなど、"本来の私を見て生きる"ということに気づきにくいのだと思います。


社会生活の中で体調を崩したり、疲れてしまったり、苦しく感じたり、そうして私は何のために生きているんだろうと感じた時に「私を見る」ということに気づく人が多いのだと思います。

私を見るというのは、大きな意識にアクセスしやすくなるということでもあると思います。



すべては「大きな意識」の現れなので、生き物に限らず、今見えているすべては意識の現れた姿だと思います。

見えているものに限らず、例えば「言霊」と呼ばれるものがあります。

言葉にすると波動やエネルギーとなって伝わるのですが、すべては大きな意識の中で行われているので、"伝わる"というのがどこに伝わっているかというと"大きな意識に伝わっている"ということです。


「自分のしたことや言ったことは自分のところに返ってくる」とはよく聞きます。

自分のすることというのはすべてが、

「大きな意識のここのために行われていること」

なので、「ここから発したもの=返ってきたもの」ということだと思います。


大きな意識の中には良いことも悪いこともすべてありますが、自分のしたことが良いこと悪いことと判断しているのは自分で、悪いことをしたから罰が与えられるというわけではないのだと思います。

自分の発したものが、"ここの形"ということなのであれば、それを意識した言葉や行ないを心掛けるのが良いのではないかと思います。