自分の行ないは、自分の意志で自分が行なっているように思っているけれど、それを行なう力や存在=「精霊」のようなものがついていて、そのおかげでできているということを前回までに書きました。
以前にも書きましたがそのイメージは、とても小さな光のようなたくさんのエネルギー体が、人や生き物のもとになっている魂のような存在に集まって、1人の人や生き物になっているというものです。
仏像の中に、光背にとてもたくさんの仏さまがいる仏像がありますが、あのようなイメージをしています。
霊がつくというと悪いもののようなイメージが多いですが、精霊=霊体だと思っているので、霊は怖いまたは悪い存在だけのものではないと考えています。
自分についてくれている霊体のおかげや、周りにいる霊体、場にいる霊体など知らぬ間に助けられていることもあると思います。
守護霊というものも、「おじいさんやおばあさんの守護霊がついている」などよく聞きますが、おじいさんそのものの霊がついているというだけではなく、おじいさんやおばあさんをしていた精霊が今自分についてくれているということだと私は思っています。
"宇宙のいま・ここ"でその人がそれを行なうために、以前別の人を構成していた力の存在が、今はその人についてくれている。
思いや記憶が引力のような力になり、近しい人についてくれる。
形の上でご先祖様たちのおかげで、この体があって今があるということもそうですが、自分が今できていることやしていることを行なってくれている力の存在のどれかは、"ご先祖様を行なっていた力の存在"かもしれません。
自分が日々していること、どんな些細なことでも精霊などの存在のおかげですることができていて、それは近しい人から来てくれた力の存在のおかげかもしれないという意識で見ると、自分の今日の行ないの何かに感謝したり、自分自身を大切に感じること=ご先祖様や近しい人に感謝することや大切に思うことになると思っています。
そして意識や記憶は「大きないのちの意識」の中にあると以前書きましたが、もうこの世に実体としていない人や存在(ご先祖様など)も「大きないのち」の中にあるので、私の感謝やそう感じていることは必ず"伝わる"のだと思っています。