この世界は、大きな意識が形として現れている世界で、「意識のここをしているのが私」だと私のブログでは書いています。


そして、その意識のここがしているすべてのこと「私の行ないや言うなどして発したもの=返ってきたもの」ということを以前に書きました。


「返ってくる」と書きましたが、返ってきているというよりは、「自分の行ないや自分自身が発した波動やエネルギーと同質のものが"ここ"に現れている」ということだと思っています。



引き寄せの法則というものがありますが、その法則では自分の思考や感情が現実化すると言われています。

すべてのものには周波数があり、自分自身の感情や思考などの周波数と共鳴するものが引き寄せられるというものです。

自分が望む現実を引き寄せるために、自分が望むものと同じ波動や周波数に合わせた言動や行動・思考や感情を意識的に行なうと望みが現実化すると言われています。



この形ある世界の物理的な法則というのは、例えば草が風で揺れる時、「このくらいの風が吹くと、この大きさの草はこのくらい揺れる」というような現象の法則です。

風が吹いていないのに草が揺れていたら「そこに何かがいるから揺れている」とわかります。

動きに不自然さがあると違和感として感じ取ることができますが、違和感として感じ取ることができるほどに法則性を持ってすべてが動いていることがわかり、自然現象に法則性があることは物理学などに詳しくなくても生活の中で感じることができます。



人の体も自然現象の一部で、この体の働きも自分以外のものとの関わりも、この世界・宇宙の働きも含めすべての動き・働きには法則性があり、すべては関係し合って動いています。


地球があるから宇宙があるのではなく、宇宙の中に地球があるのですが、この地球で見ることができる自然の法則を見れば、宇宙の大きな動き・働きの中で動いている地球は、その宇宙の法則の中動いていることをイメージすることができます。



形あるものの法則性は目に見えて理解できますが、目に見えないものは、形あるものとは違い法則性のないものだと捉えられることが多いのだと思いますが、「この世界のすべては意識が現れたもの」なのだとすると、形あるものが法則性を持って動いていると見えているなら、形のない見えていないものも"この世界に現れる"ためには法則性の中動いているのだと私は思っています。



「大きな意識の中」とてつもなく大きな動きの中の今ここを行なうために「私」として存在しているならば、私の行なうすべては「意識のここ」のために行われているはずです。

「私という意識のここが発しているもの」がここを表し、発したものがここに現れるのだとイメージしています。



この世界の法則性を活かして、引き寄せの法則で言われているように意図的に自分が望むものを現実化していくことは可能だと思っています。