あえか。触れれば落ちそうな、か弱い命~実践形而上学的言霊学12 | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

ここから、いよいよ言霊の海に入ってゆきます。これまでの解説は、ここに至るまでの基礎固めでした。今回は、「あえか」について、述べたいと思います。

 

ヲシテ - Wikipedia をご参照ください。

 

古語辞典を引くと「あえか」は、以下の意味があります。
「こぼれ落ちる」の意と同根で、「触れば落ちそうなさま。かよわいさま。」とあります。

「あえか」を文法の第一規則に照らしてこの言霊を解釈すると以下のようになります。
「なにものかを生きるあなたは、自分自身を定めなくなにものかを生きる処のものに生きると、あなたの数多の部分を天と繋ぐ処のものに生きているのである。」

また、文法の第二規則に照らせば、
「天はなにものかを生きる処のものに、あなたが定めなくなにものかを生きている処のものを通して、地を天と繋ぐ処のものに生きているのである。」

このように説明されて、あなたはとても戸惑うかもしれません。
しかし、そこはどうか想像をたくましくしてください。

雨の上がったあとに、草花の上に残された雨雫をじっと見つめてください。
それは触れば落ちそうな存在です。
雨雫はなにものを思って生きているのでしょうか。
そして、空はなにものを思って草花に雨雫として残したのでしょうか。
それは確かに科学では語ることができない事柄です。
しかし、あなたはこんなことを思っているかもしれません。
天と地を繋ぐ処のものを生きるためだと。
雨雫は、天と地を繋ぐ存在なのです。
地に雨雫として落ちることで、地に蓄えられた水が太陽に温められて水蒸気として天に上り、雲となると、再び雨として地に降らすのです。
ここに、草花に残る雨雫の魂があります。
あなたは、この雨雫の魂と感応することで、天と地とが繋がれる処のものに生きられているものを、あなた自身が天と地とを繋ぐ処のものに生きることができるのです。

雨雫を主語にして第一規則で訳するとこうなります。
「なにものかを生きる雨雫は、自分自身を定めなくなにものかを生きる処のものに生きると、自分自身の数多の部分を天と繋ぐ処のものに生きているのである。」


あなたは、この雨雫の魂に感応することで、

「なにものかを生きるあなたは、自分自身を定めなくなにものかを生きる処のものに生きると、自分自身の数多の部分を天と繋ぐ処のものに生きている」のです。


また、雨雫を地に残す天を主語とすれば、

「なにものかを生きる天は、あなたを定めなくなにものかを生きる処のものに生きると、地の数多を天と繋ぐ処のものに生きているのです」となるでしょう。


なにを主語とするかで、あなた自身をさまざまに生きる処のものに、あなたが生きられているこの世界を味わうことができるのです。



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