夕闇は道たづたづし~反対のものからも自分は形作られている | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

第709番 夕闇は 道たづたづし 月待ちていませ 我が夫子(せこ) その間(ま)にも見む(豊前国処女大宅女)

 

夕闇は道がわかりにくくなっています。せめて月が出るまでお待ちください。我が夫よ。その間にもあなたのお顔を眺めていることができるのですから。

 

じつに女の情が伝わる歌である。少しの間でも、自分の愛する人と過ごしたいという思いがとても伝わっている。

 

 

この歌で取り上げたいのは、この歌の中に出てくる「道たづたづし」というフレーズである。

 

「たづたづし」は、「たどたどしい」の意味の古語である。

 

「たどたどしい」は、すんなりと行かないことの比喩だ。

 

すんなりとはいかないながらも、前に進むことは進むのである。

 

道に迷いながらも、なんとか目的地にたどり着くことができる。

 

それは、人生そのものと重なるであろう。

 

すんなりとはいかない。それが人生である。

 

さまざまな障害が自分の前途に立ちあらわれては、あなたは、それを乗り越えてきたのである。

 

この世界は、たづたづしい場処というわけである。

 

道に迷うこと、しかし、それは、あなたの人生にとってけっして無意味であったわけではない。

 

道に迷うことで、そこからなにか得ることもあるのである。

 

人生は、どんなこともすべて意味があるのだ。

 

一見自分の人生にとってマイナスのように思えることも、長い目で見ればなにか意味があったということがわかる。

 

自分は、肯定するものから創られるだけではなく、反対のものからも形作られるのである。

 

大事なことは、どのような状況においても、謙虚であることだろう。

 

どのようなことでも、それが、自分を育むものだと思うことである。

 

どんな逆境があっても、それを厭うのではなく、自分が成長するのにあたって、必然と捉えることだ。

 

自分が形作られるのは、そうした逆境のようなものと交わることによってである。

 

自分を肯定するものだけから自分を形作ろうとすれば、それはとても軟弱な自分でしかもたらされないであろう。

 

すべて満たされて育った子供が、軟弱なのと同様である。

 

自分を否定するものと多く交わることができたものが、強固な自分を作り上げることができるのである。

 

いわば雑草の強さである。

 

また、病気に罹りにくい免疫力をもった体を持つことである。

 

 

困難を乗り越えてきたあなたであるからこそ、あなたは、愛されるのにふさわしい存在なのである。

 

あなたを愛する人は、あなたがどんなに逆境を乗り越えたのちに、自分を作り上げてきたかを知っているのである。

 

 

   ***

 

「実践形而上学」

 

 アリストテレスの「形而上学」は、後世の人が、タ・メタ・タ・ピュシカ(自然についての書の後の書)と名づけたものであり、そこにはタ・メタ・タ・ピュシカが短縮した「メタ・ピュシカ」つまりメタフィジカ(自然の後のもの、自然を越えたもの)という意味はない。

 

 アリストテレスは、これを「第一の学」と位置づけた。

 

 思考について考えるからこそ、第一の学なのである。

 

 しかし、第一の学は、誤解を招く言葉である。

 

 第一に学ぶべきなのは思考について考えることであったはずが、最も大切なことが思考そのものになったのである。

 

 思考は形を超えたものであり、形而上学は、形を超えたものについての学と理解された。

 

 これは飛躍である。

 

 後世の形而上学について書かれるものは、タ・メタ・タ・ピュシカ(自然についての書の後の書)を、自然について語ることの後に書かれるものという意味で、と紹介しながら、どういうわけか元の意味を逸脱して、形を超えたものを考える学としてきたのである。

 

 あるいは、アリストテレスの師であるプラトンのイデア説の影響があるかもしれない。

 

 プラトンのイデアの哲学は、まさに現実を超えたもの、イデアについて考えるものだからである。

 

 メタフィジカの邦訳である「形而上学」も誤解を招く、とても不適切な言葉である。

 

 「形而上学」ではなく、「形而前学」という方が、内容的によりふさわしいであろう。

 

 ものに形を与えているのが、私たちの思考なのであるから。

 

 それは、形あるものについて考える以前に、そもそも考えるとはどういうことかを考える、という最も哲学的なテーマなのである。

 

 もっと平たく言えば、形而上学とは、「思考」学のことである。

 

 思考について考えるという、最も哲学的であり、また実存的な行為なのである。

 

 

 

 

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