第8回目は、「具体的なものが、具体的なあなたを形作る」です。
あなたが生きるのは、頭で考えられた、また言葉で練られた抽象的なものではなく、現実に生きる生身のあなた、具体的なあなたです。
現実に生きるということは、具体的な事柄において生きるということ。
具体的な事柄が、現実を生きている、具体的なあなたを形作っているのです。
あなたは、現実を生きるというとき、どのように具体的に生きるかということを追求しなくてはならない。
具体的に生きることが見えてこそ、あなたは具体的にあなた自身を生きることができるのです。
中世キリスト教の世界においてサン=ヴィクトール学派と称される人たちは、俗世の知識も積極的に取り入れた具体的な事柄を通して、神の真理を生きようとしました。
中でも自由7学科と呼ばれるものを丹念に学ぶことを求めました。
それ以前のシャルトル学派が導入した自由7学科とは、文法、修辞学、弁証法、算術、幾何、天文学、音楽です。
さらに、機械の技術、武具製造、航海術、農業、狩猟、医術、演劇という、世俗の知識もまた神の真理を探究する対象となったのです。
つまりは、身の回りにある、どんなことでも、それは、神にいたるための道具になり得るということなのですね。
彼らは、これらの具体的実際的な事柄を通して、神の言葉を解釈し、また生きたのです。
それは、後のルネサンスを準備するものと考えられなくもないと思われます。
というのも、ルネサンスは、宗教と科学とがなんら矛盾することなく、科学が宗教を助け、宗教が科学を後押しする時代だからです(例外として、地動説のような、直接神の領域に対して疑いを向けるものについては、神の秩序を冒涜するものとして禁止されていましたが)。
このサン=ヴィクトール学派の思想を元に、あなたが生きる具体的世界について記したいと思います。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを息づかせます。
あなたの具体的なからだは、あなたの具体的な血であるものから、より具体的に力づけられるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを導き、育みます。
あなたの具体的な耳は、あなたの具体的な胸であるものから、より具体的に導かれ、育まれるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを生かせます。
あなたの具体的な脚(足)は、あなたの具体的な腕(手)であるものから、より具体的に在らせられ、創造されるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを満たせます。
あなたの具体的な肩は、あなたの具体的な内腑であるものから、より具体的に満ち足らされるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを守ります。
あなたの具体的な背は、あなたの具体的な皮膚であるものから、より具体的に守られるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを支えます。
あなたの具体的な肉身は、あなたの具体的な骨であるものから、より具体的に支え持たれるのです。
あなたは、具体的な事柄を通して、具体的なあなたを味わいます。
あなたの具体的な目は、あなたの具体的な舌であるものから、より具体的に味わわれるのです。
具体的なこと、それは、あなただけではなく、あなたの隣人との共有の事柄ということが言えるでしょう。
もっとも、具体的なことに対するあなたと、あなたの隣人のかかわりは異なります。
具体的なことを共有しながら、あなたと、あなたの隣人とはそれぞれの具体的な自分を生きているのです。
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