コメディとは、互いに対等なものどうしへの共感なのかもしれません。
喜び、悲しみ、怒り、楽しさを共に分かち合う。
あなたが今感じていること、思っていること、考えていることは、よく分かる、ということ。
共鳴、共感、同感、同情、憐憫・・・。
それは、隣人への愛なのだと思う。
互いに対等なものどうしであるということの愛。
コメディは、この互いに対等なものどうしへの愛が、根底にある。
この愛によって、あなたは癒され、よりよく生きようと思うことができる。
互いに励ましあい、助け合い、そしてときに分かち合う。
たとえ、完全には分かることができなくても、話を聞いてくれる。
そばにいてくれる。
共に生きている存在があるということが、とても大切なことである。
それを感じるとき、わたしたちは、感動の涙を流すだろう。
それこそ、コメディの精神なのではなかろうか。
つまりは、コメディは、あなたが、よりよく生きるために必要なことを示してくれているのである。
互いがよりよく生き合うことが、まさにコメディそのものなのだ。
だからこそ、コメディを演じるものは、積極的に自分が演じているものに、観客を引き入れようとするであろう。
観客だけでなく、いま観客ではないものを、唐突に自分の世界に引き入れてしまうのである。
わたしが見たパフォーマーは、あえて道の片方に観客を集め、もう片方をそっくり舞台の中に取り入れていた。
つまり、その舞台には、普通に道を歩く人がいるのである。
そして、舞台と日常の空間を突き抜けて、日常の中に割り込む。
通行人を突然、パフォーマンスの舞台の出演者にしてしまうのである。
これは、舞台を見ている観客に対しても同様である。
それまでパフォーマンスを見ていた人を、舞台に上げるや、一緒にパフォーマンスを演じさせてしまうのである。
かくして、日常と非日常の間がやすやすと越えられてしまうのだ。
そして、よりよく生きようというメッセージで、人々の心の中をやさしく包み込んで、パフォーマンスの幕はいつのまにか閉じられる。