トマス・アクィナスからインスパイアされてつづる、このシリーズ最終回は、「相手の言葉で見出させる」です。
貴方が知ろうとする行為はなんでしょうか。
それは、なにもないところに、新しいものをもたらすということではありません。
気が付かないでいることを明らかにするということです。
古代ギリシアのプラトンは、それをイデアと名づけました。
わたしたちの魂は、目には見えないイデアに恋焦がれ、イデア、すなわち魂の故郷がどのようなところだったかを思い出そうとしている。
イデアを思う心こそが知的活動であり、知(ソフィー)を愛(フィロ)することをフィロソフィー、すなわち哲学と呼んだのです。
貴方がすでに知っていること、すなわち貴方がもともと持っている、貴方自身の言葉であるものを明らかにすること。
それが貴方の知的活動です。
貴方が世界に真実であるものを求めるのも、明らかになっていない貴方自身の言葉を見つけ出すためです。
貴方自身を映し出す世界は、貴方が貴方自身の言葉を見出すための場所なのです。
そして、貴方がわたしの言葉に求めるのも、貴方自身の言葉を見つけ出すためです。
互いに対等なものどうしである貴方とわたしとは、互いに相手を映し合っている存在であり、貴方は、貴方の中の言葉を見つけ出すために、たった今、わたしと交わっているのです。
そして、貴方は、貴方自身の言葉を見つけ出すために、わたしの言葉を求め、わたしは、貴方自身の言葉に変換されることを期待して、わたしの言葉を貴方に届けるのです。
このブログが、貴方自身の言葉を見つけ出すきっかけの場所になれたら幸いです。