今回は、「相手の言葉で支える」というテーマで述べたいと思います。
貴方は誰から支えられているか。
宗教を信じている貴方は、神から支えられている、と言います。
家族を信じている貴方は、家族から支えられている、と言います。
国を信じている貴方は、国から支えられている、と言い、
友を信じている貴方は、友から支えられている、といいます。
要するに、貴方が信じているものから、貴方は支えられているのです。
貴方が信じているものから支えられている。
つまり、貴方が信じているということが先にあるわけです。
貴方が信じて、その上で、貴方が信じているものから支えられている。
貴方が信じているということが重要です。
信じるとはどういうことでしょうか。
それは、相手の言葉を自分の言葉として受け取れるということだと、わたしは思います。
自分の言葉として相手の言葉を受け留められる。
相手の言葉が貴方自身の言葉になるのです。
このプロセスが大事です。
相手の言葉が貴方を直に支えるのではなく、貴方の言葉として貴方を支えるのです。
貴方の言葉にならない、貴方の隣人の言葉は、貴方にとって迷惑な存在でしょう。
そして、迷惑な隣人の言葉は、貴方が信じていない言葉です。
貴方が信じるかどうかということに尽きるのです。
貴方が先にある、このことです。
つまり、貴方を支えるのは、けっして誰かの言葉ではなく、貴方自身の言葉になった言葉です。
だから、当然、誰かの言葉でなくてはならないこともない。
もとから貴方自身である貴方の言葉、もしくは、貴方自身の言葉に翻訳された、貴方の隣人の言葉なのです。
だから、貴方に、このように言います。
貴方を支えているのは、神でも、家族でも、国でも、友でもありません。
貴方自身です。
神とか、家族とか、国とか、友とかいうのは、貴方の言葉になるために、貴方に投げかけられた言葉なのです。
貴方に投げかけられた言葉を貴方自身の言葉にするのは、貴方の信じる心です。
貴方の信じる心が、貴方の言葉を、神や、家族や、国や、友といった存在に拡大していくのです。
じつは、このことは、貴方に投げかけている言葉自身もやっていることなのです。
神は、自身の言葉を貴方や、家族や、国や、友に拡大し、
家族は、自身の言葉を貴方や、神や、国や、友に拡大し、
国は、自身の言葉を貴方や、神や、家族や、友に拡大し、
友は、自身の言葉を貴方や、神や、家族や、国に拡大しているのです。
貴方の神を見てください。
そこに、貴方自身や、家族や、国や、友がいないでしょうか。
貴方の家族を見てください。
そこに、貴方自身や、神や、国や、友がいないでしょうか。
貴方の国を見てください。
そこに、貴方自身や、神や、家族や、友がいないでしょうか。
貴方の友を見てください。
そこに、貴方自身や、神や、家族や、国がいないでしょうか。
しかし、信じる心があってこそ、そのようになるのです。
そこに信じる心がなければ、貴方自身は、神や、家族や、国や、友に結びつくことはできません。
信じる心があって、互いの言葉は相手の言葉になり、互いを支えあうことができるのです。