互いに対等なものどうしを生き合う 第92回 アクィナスその六 相手の言葉で支える | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 今回は、「相手の言葉で支える」というテーマで述べたいと思います。



 貴方は誰から支えられているか。



 宗教を信じている貴方は、神から支えられている、と言います。



 家族を信じている貴方は、家族から支えられている、と言います。



 国を信じている貴方は、国から支えられている、と言い、



 友を信じている貴方は、友から支えられている、といいます。



 要するに、貴方が信じているものから、貴方は支えられているのです。



 貴方が信じているものから支えられている。



 つまり、貴方が信じているということが先にあるわけです。



 貴方が信じて、その上で、貴方が信じているものから支えられている。



 貴方が信じているということが重要です。



 信じるとはどういうことでしょうか。



 それは、相手の言葉を自分の言葉として受け取れるということだと、わたしは思います。



 自分の言葉として相手の言葉を受け留められる。



 相手の言葉が貴方自身の言葉になるのです。



 このプロセスが大事です。



 相手の言葉が貴方を直に支えるのではなく、貴方の言葉として貴方を支えるのです。



 貴方の言葉にならない、貴方の隣人の言葉は、貴方にとって迷惑な存在でしょう。



 そして、迷惑な隣人の言葉は、貴方が信じていない言葉です。



 貴方が信じるかどうかということに尽きるのです。



 貴方が先にある、このことです。



 つまり、貴方を支えるのは、けっして誰かの言葉ではなく、貴方自身の言葉になった言葉です。



 だから、当然、誰かの言葉でなくてはならないこともない。


 

 もとから貴方自身である貴方の言葉、もしくは、貴方自身の言葉に翻訳された、貴方の隣人の言葉なのです。



 だから、貴方に、このように言います。



 貴方を支えているのは、神でも、家族でも、国でも、友でもありません。



 貴方自身です。



 神とか、家族とか、国とか、友とかいうのは、貴方の言葉になるために、貴方に投げかけられた言葉なのです。



 貴方に投げかけられた言葉を貴方自身の言葉にするのは、貴方の信じる心です。



 貴方の信じる心が、貴方の言葉を、神や、家族や、国や、友といった存在に拡大していくのです。



 じつは、このことは、貴方に投げかけている言葉自身もやっていることなのです。



 神は、自身の言葉を貴方や、家族や、国や、友に拡大し、



 家族は、自身の言葉を貴方や、神や、国や、友に拡大し、

 国は、自身の言葉を貴方や、神や、家族や、友に拡大し、

 友は、自身の言葉を貴方や、神や、家族や、国に拡大しているのです。


 貴方の神を見てください。



 そこに、貴方自身や、家族や、国や、友がいないでしょうか。



 貴方の家族を見てください。

 そこに、貴方自身や、神や、国や、友がいないでしょうか。

 貴方の国を見てください。

 そこに、貴方自身や、神や、家族や、友がいないでしょうか。

 貴方の友を見てください。

 そこに、貴方自身や、神や、家族や、国がいないでしょうか。

 しかし、信じる心があってこそ、そのようになるのです。



 そこに信じる心がなければ、貴方自身は、神や、家族や、国や、友に結びつくことはできません。



 信じる心があって、互いの言葉は相手の言葉になり、互いを支えあうことができるのです。