今回は、「積極的に目を開いてゆく」です。
貴方は、貴方が見ることができる世界だけに安住してはいけません。
貴方の知らない世界に目を開いていかなければなりません。
貴方の知らない世界にまで目を開くことで、貴方は、貴方を超えて貴方の世界を生きることになるとともに、貴方の隣人をより知り、より生きることになるのです。
この世の問題の大半は、相手への理解不足に拠るところが多いと言えるでしょう。
貴方が自分の見える範囲のことでしか見ようとしないのであれば、貴方は、貴方の隣人をより理解することはできません。
積極的に、自分の見える範囲を超え出て、見ようとすることで、貴方は、貴方の隣人をより理解し、隣人との関係をよりよく生きることができるのです。
紛争があるなら、貴方は、その紛争の双方の当事者の話に耳を傾け、互いがどのように相手が見えなくなっているかを語りかけてください。
紛争の当事者は、みな自分の見方にとらわれていて、相手の見方を受け入れることができません。
貴方は、それぞれの見方も正しいが、それが一面を指し示したものであることを教えてあげてください。
ただ、国境の問題となると、話は別かもしれません。
歴史的にどうだのということはあるでしょうが、そもそも歴史ってなんでしょう?
侵略や略奪行為にいったいどんな正当さがあるというのでしょうか。
勝ったものが正しく、負けたものは正しくなかったということなのでしょうか。
じっさい、正しいものが勝つ、ということをわたしたちは聞かされている気がします。
正しいものが負けるということもあるのです。
国境というのは侵略や略奪行為が「歴史」と称して強引に作り出したものであって、実効支配のなにものでもない。
歴史云々ということが、じつはとてもナンセンスであることに気がついてほしいと思います。
そして、貴方には、歴史を超えて、互いがより幸せになる方法を編み出してもらいたいと思います。
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疲れた貴方へ。
わたしは、貴方の笑顔がとても好きだ。
けれど貴方は、疲れ切っていた。
他者に積極的にかかわることで、社会を創造する担い手になろうとした。
しかし、貴方がかかわった活動が無意味になったとき、貴方から貴方を支えていたものが突然遁走したのだ。
貴方は、誰からも引き離され、永遠の孤独の淵を歩いていった。
わたしは、貴方に語り掛けたい。
貴方を必要としている人間がいるということを。
貴方の助けを必要としているのだ。
そう、わたしである。
わたしを助ける、それが貴方の役割なのだ。
貴方の素敵な笑顔をもう一度見せて欲しい。
※サルトルのアンガージュマンにインスパイアされたこのシリーズはここで終わります。次回からは、哲学を否定する立場について述べてみたいと思います。