互いに対等なものどうしを生き合う 第77回 オッカムその五 守られてあることを見つめる | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 今回のテーマは、「守られてあることを見つめる」です。


 

 貴方は、守られている。



 なにから、そしてどのように守られているかを考えることは、貴方が生きる上でとても大切なことであるように思います。



 なぜなら、なにから守られているかを知ることは、貴方が他者にとって貴い存在であるかを知ることであり、



どのように守られているかを知ることは、貴方の貴さがどこにあるかを理解することであるからです。



 貴方の貴さは、貴方の隣人から得られるものなのです。



 けっして、貴方が自分で自分に与えるものではないのです。



 すると、貴方は、自分の貴さは自分が決めることであって、隣人がもたらすものではない、と主張するかもしれません。



 隣人に左右されるのは、自分の貴さではない、と。



 けれど、貴方は、互いに対等なものどうしを生き合うことのうちに、貴方の貴さを獲得してくるのです。



 隣人から左右されない貴方の貴さもまた、元を正せば貴方の隣人から与えられたものなのです。



 貴方の隣人は、貴方がより貴方であるものを生きることを応援しているのです。



 隣人の意思に左右されるものを、貴方の隣人は貴方に与えたりはしないのです。



 互いに対等なものどうしとして、より生き合うことこそが、貴方と貴方の隣人の関係だからです。






 ところで、貴方は、身近な存在ではないものから守られているという感覚を持つことがあります。



 「ご先祖様が守ってくれている」



 「天国に行った愛する人が自分を守ってくれている」



 これは、貴方の感謝の思いに基づいた言葉なのだと、わたしは思います。



 オッカム的には、身近のものからでは得られない感謝の心こそが、超越した存在の根拠になっていると言えるでしょう。



 先祖がいたからこそ、いまの貴方がいる。



 その動かしがたい事実があるからこそ、先祖を敬い、今を生きている貴方は、いつも先祖から守られているという感覚を持つことができる。



 同じように、天国に行った愛する人がいたからこそ、いまの貴方がいる。



 愛する人が貴方に与えてくれたものがとても大切な思い出だからこそ、貴方はその感謝の思いから、今も愛する人を思い、いつも見守られているという感覚を持ち続けることができる。



 また、そのように思うことができる貴方自身を貴いものとして大切にしましょう。



 そして、貴方が大切にされたように、貴方もまた、貴方の隣人を大切にしましょう。



 互いを大切にしあう関係は、生死や時空を超えて続くのです。