今回のテーマは、「個々の重さを感じる」です。
この重さとは、文字通り、貴方のからだの重さということであるとともに、貴方という存在の重さでもあります。
「貴方の存在は、地球よりも重い」といったりする、「存在の重さ」です。
貴方がどんなに重い存在であるかを感じること。
命の重さとも言ったりしますね。
その反対に、軽さがある。
軽さは、生き方の軽さ、つまり、身軽さであることはいいけれども、存在そのものの軽さということになるとまったく意味合いが異なってきます。
互いに対等なものどうしは、互いの存在の重さを認め合う関係です。
互いがどんなに重い存在であるかを理解し、互いに相手を支え合っているのです。
また、重力という観点から考えてみると、どうでしょうか。
貴方は地球の重力に引っ張られている存在ということが言えます。
貴方の重さとは、じつは地球の重力なのです。
地球の上において、貴方は、貴方の重さを感じることができます。
それは、地球が貴方を引っ張ってくれているからなのです。
地球が重力で貴方を引っ張ってくれているから、貴方は貴方の重さというものを持つことができるのです。
ものは落ちる。
それは、地球が地上の存在たちに重さを与えているからです。
地球が、貴方の存在の深くにつながっていることの証明です。
ひょっとして、重力を発見したガリレオ・ガリレイは、それまで軽い存在であった人間に、重さを与える契機となるものを生み出したのかもしれません。
貴方の命をうみ、はぐくんだ地球は、また存在に重さを与えているのです。
地球の上で、すべての命は互いに重く、そして地球を通して繋がっている存在たちなのです。
すべての命が互いに重く、地球を通して繋がっていることを、感じましょう。
また、万有引力を発見したニュートンは、星どうしが互いに引っ張り合っていることを、同胞たちに語り掛けました。
貴方と貴方の隣人どうしもまた、互いを引っ張り合っている存在なのです。
ニュートンの万有引力もまた、互いに対等なものどうしが互いに引き合うどうしであることを暗に語っていたのではないでしょうか。
科学は、それまで神の存在ばかりが語られていたことから、主体的に生きる貴方自身というものを引き出し、自分という存在を、考える好機を与えるものになっていたのではないかという気がしています。
そうした個々に生きられている相を見つめることは、神論を離れて神を生きることのようにも思えてきます。
その具体的な展開は、「互いに対等なものどうしを生き合う」の最終シリーズ、マイスター・エックハルトの章において述べることでしょう。