互いに対等なものどうしを生き合う 第76回 オッカムその四 満たされてあることを見つめる | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 今回のテーマは、「満たされてあることを見つめる」です。



 貴方は、満たされている。



 どのように満たされているかを見つめることで、貴方がどんなに幸福であるかを感じることができる、ということ。



 いま、自分は幸福だと感じていますか。



 幸福だと感じている貴方は、貴方を満たしてくれているものがなんであるかを知っています。



 オッカム的には、絶対的な神ということになるでしょうが。



 宗教がいまだに力を持っているのは、幸福を与えてくれるものだからです。



 それも最終的な場所として。



 たとえ貴方がどんなに人間関係で絶望しても、最後の砦として、宗教、また神が貴方を幸福にしてくれるよすがとしてあるわけです。



 そういう場所がなければ、貴方はやはり人間の中に、貴方を満たしてくれる場所を求めなければなりません。



 不幸な人は、そういう場所を持たない人です。


 

 あるいは、宗教でも人間でもなく、金とか欲望に自分を満たしてくれるものを求める人です。



 また、酒やギャンブルなどで、かりそめに満たされ続けようとします。



 ただ、そういう不幸な人ほど、ほんとうは満たされているのだということに気がついていないだけかもしれません。



 よく考えてみてください。



 貴方はどうしていま生きているのでしょう。



 貴方が満たされた存在でないのなら、貴方はとっくにこの世界に存在していないはずです。



 確実に言えること。それは貴方が満たされているということです。



 貴方が満たされているその証が、貴方がいまここに生きているということなのです。



 今ここに生きていることは、満たされているということ、幸福だということなのです。



 すると、幸福とは、気づきであるかもしれません。



 今、自分は満たされている、ということに気づくことなのです。



 けっして、なにかを得れば幸福かということではないのです。



 どのように自分は満たされているかに気づくこと、それが幸福を感じるということなのです。