今回のテーマは、「貴方は、貴方の中の反対のものを通して世界を理解している」です。
貴方は、違いを通して、ものを見ています。
これとあれとの違いが、これとあれの個性として、貴方の中で理解される。
これとあれとの違いがより明確であればあるほど、これとあれの個性は、貴方の中で、いっそう明確に理解されることになる。
今貴方が幸せであるということは、貴方が不幸な状況と対比されるときに、いっそう理解される。
幸せの只中にあるとき、貴方は、今自分がどんなに幸せであるかということがあまり気がつかないかもしれません。
しかし、その幸せがずっと続かないとしたら、貴方は、今ある幸せがどんなに大切なものであるかを思うでしょう。
貴方にとってなにげないことが、それができなくなったときに、それが特別なことだったんだということを、突如理解するのです。
もっとも、なにが反対側にあるかで、見え方は異なるのだということに、注意を払わなければなりません。
貴方の中に、完全無欠な世界があると、貴方が生きているこの世界は、不完全この上ない場所となるでしょう。
貴方は、いつも不満を抱いて、この世界を生きることになります。
しかし、貴方の中で、完全無欠な世界というものが最初からなければ、貴方が生きているこの世界は完全無欠である必要はまったくなくなるのです。
貴方は、いつも満ち足りて、この世界を生きることになります。
貴方の中の反対のものが、世界をかくあるものに見させているのです。
貴方は、うっかりそのことに気づかずに、世界を理解してしまいます。
世界はこうだと決め付けてしまう。
しかし、本当は、貴方の中の反対のものが、貴方に、世界をそのように見させているのです。
反対のものが異なれば、おのずと世界は違った場所になります。
魔女の存在が信じられていた中世のヨーロッパでは、何百万人もの罪のない人たちが、魔女として火あぶりにさせられましたが、つい70年前に、ヒトラーのナチスドイツが、ユダヤ人に対して同じようなことをしました。
とても理性では理解できない、そのホロコーストの根底にあるのは、自民族に対する劣等意識だと考えることができます。
ユダヤ人に対するホロコーストを通して、自民族に対する優越感を取り戻そうとしたのです。
しかし、それは、まったくの思い込み以外のなにものでもありません。
そんな思い込みによって、おびただしい虐殺を強行することは、やはり狂気の沙汰以外のなにものでもないのだと思います。
思い込みは、貴方の中の反対のものによって引き起こされるということに留意しましょう。
貴方は、貴方の中の反対のものに、絶えず目を向けておく必要があります。
貴方の中の反対のものが、貴方の世界を見る際の前提を作り出しているからです。
世界に対する貴方の判断の前提へ疑問を投げかけ、自分の人生をもっと積極的に生きていいのだ、ということを力強く宣言したのが、ニーチェです。
次回は、プロメテウス第40回としてニーチェを取り上げたいと思います。