昨日更新する予定でしたが、ここまで遅れてしまいました。
さて、今回のテーマは、満たされてみる、です。
今回、どのように述べようかといろいろ考えをめぐらした末、図を用いてみることにしました。
まず、この図を見てください。
これは、貴方と世界とが一体であることを示しています。
世界の中の貴方と、世界とは同じ黄緑色を持っています。
あたかも貴方は、世界という海の中に浸かっているスポンジのようです。
これは、貴方が世界の一部として満たされているということを表しています。
つまり、ここで言えることは、貴方は、自分が世界の一部であることを自覚すれば、すでに満たされた存在になるということです。
貴方は世界と一体であったとき、満ち足りた自分を生きていたのです。
ところが、貴方が、世界と自分とを分かったとき、すべてが変わりました。
世界は満たされているのに、貴方は満たされないようになったのです。
それが、この図です。世界は依然黄緑色しているのに、貴方だけが真っ白です。
世界と分かたれた貴方は、なんとか自分を満たそうとします。
その結果、世界は、貴方に背を向けることになりました。
この図は世界が、貴方の補色として紫色を持つことで、貴方と真反対なものになったことを示しています。
もはや世界は、貴方になにももたらしてはくれなくなったのです。
そこで、貴方はなにももたらしてくれなくなった世界のかわりに、新たな世界をねつ造することで、貴方であるものを得ようとしたのです。
それがこの図です。
貴方は、自身がねつ造した世界を通して、貴方であるものを得ようとしてきたのでした。
もっとも、それがねつ造したものである以上、貴方は永遠に満たされることはないのです。
貴方がねつ造した世界は、本来の世界とは相容れないものだからです。
永遠に得られないものを、貴方は延々と自ら作り出してきたのでした。
しかし、貴方は、別のものを自身の中に見出すことになります。
それは、互いに対等なものどうしの絆であるものです。
本来宗教は、そうした互いに対等なものどうしが生き合うことを説いたものであって、そうした世界とのかかわりを取り戻すために創造されたものというのが、わたしの考えです。
貴方は、世界からは得られなかったものを、互いに対等なものどうしの間から得ることになるのです。
それがこの図です。
貴方は、世界から疎外された心の痛みを、互いに対等なものどうしの絆によって癒されることになります。
この互いに対等なものどうしの関係は、じつは世界と貴方とが対等な関係であった頃を反映したものなのです。
そして、互いに対等なものどうしのかかわりを生きることを通して、貴方は、かつて世界と一体であった場所に復帰してゆきます。
貴方は、互いに対等なものどうしの絆から満たされることを通して、貴方がわかれてきた世界から再び満たされるようになるのです。





