閑話休題ということで、ここで、哲学の基本中の基本である、産婆術について述べたいと思います。
これはむろん、ソクラテスが用いた方法です。
それがゆえ、ソクラテスは、哲学の祖と呼ばれます。
ソクラテス以前にもタレスをはじめとする思索者が存在しますが、彼らは思索のさまざまなバリエーションをもたらしたという点では意義がありますが、哲学的思索を真に基礎づけたのは、やはりソクラテスの産婆術であると思います。
貴方は今なにかを考え、それについて、自分の考えに近いものを得ているとします。
もちろん、それはまだ貴方の考えというにはほど遠いものがあります。
そこで、ソクラテスは、貴方にこう問いかけるでしょう。
貴方がいまだ自分の考えというには遠いものを感じているとしたら、なにか引っかかっているところがあるということだよね。
それはいったいなんだろう。
そうすると、貴方が今得ているものにはなにかしら、問題があることに気が付きます。
貴方がこれと選んだ答えに対して、違う答えがあるのではないか、と貴方は思い出します。
では、貴方が選ぶべき違う答えとはなんでしょう。
そうして、貴方は違う考えについて味わいます。
ここで相反する二つの考えが並置されることになります。
しかし、貴方はどちらの考えを進めてゆくべきか、決めかねます。
そこで、二つの考えを合わせたものを考えることにします。
相反するものをどう矛盾なくひとつのものにまとめることができるか、難しいところです。
しかし、それはしなくてはならないことです。
なぜなら、相反する二つの考えのどちらか一つを選びかねていることこそ、貴方の考えそのものを反映したものであることは間違いないからです。
もし、一方の考えだけを自分の考えとして決め込んでしまったら、貴方は、自分で自分の考えの可能性を摘み取ってしまったことになります。
貴方は、ぜひ妥協しないで、貴方の考えというものを掴まないといけません。
うまく自分の考えをまとめることができなくても、あせる必要はまったくありません。
なぜなら、それが貴方の人生のテーマであるからです。
解決できないものこそが貴方のテーマなのです。
人生すべてわかってしまったら、人生とはとてもつまらないものになると、貴方は思いませんか。
また、人生すべてわかるということはありえません。
わかっているつもりなだけです。
ここがおそらく、思想と哲学の分かれ目かもしれません。
思想は人生にある解決を与えるものです。
これはかくかくしかじかである、というのが思想です。
それに対して、人生には解決できない問題があるということを示すのが、哲学であるように思います。
解決できない問題こそ、哲学のテーマなのです。
もちろん、哲学に真剣に取り組んでゆく中では、ある程度、貴方の問題が解決できるかもしれません。
たぶん、それは、そういう考えもあるのだな、という安堵のようなものです。
今まで、貴方は、一つの考えに縛られて、そこから抜け出せず、自分で自分を責めさいなんでいたのです。
しかし、別の考えを持つことができることで、貴方は、自分を責めさいなんでいたことから解放されるのです。
解決を無理にしようとしなくていいのです。
あせらず、ゆっくりと考えていきましょう。
解決などない。
貴方が考える、そのことが最大の人生の解決なのかもしれない。
これが哲学です。
だから、一つの思想にとらわれすぎて、自分をあまりいじめないようにしてください。
思想は、あくまで、さまざまある思想の中の一つに過ぎないのです。
正しく哲学することができれば、貴方は、自分の人生を豊かに生きることができます。
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今回、哲学とはなにか、を簡単に述べさせていただきましたが、今述べたことをもっと具体的にみなさんがシミュレーションできるものがないかと、目下(もっか)、哲学自習プログラムなるものを構想中です。
YOUTUBEにて、その「哲学自習プログラム」の全体イメージをおおざっぱですが、公開させていただいています。
プロフィールにてご覧いただけますので、よろしかったらどうぞ。
ちょっと現実ばなれして、おとぼけですが、楽しんでもらえたら、それで一向に構いません(*^ー^)ノ。