互いに対等なものどうしを生き合う 第6回 エリウゲナその六 じつはいつも満ち足らされている | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 わたしは、このことを貴方に告げようと思います。


 貴方はすでに満ち足りている、と。


 けれど、貴方は満ち足りていないと、主張します。


 だが、わたしはそれでも貴方にはっきり断言します。


 貴方は満ち足らされていないのではない、と。


 貴方が満ち足りていないように感じるのは、貴方が貴方を超えて貴方を生きる、貴方の自分であるものから、より満ち足りていなければならないようにさせられているからです。




 もっとも、この絶えず満ち足らされないものこそは、人類発展の理由なのです。


 満ち足りてしまえば、それ以上人間は努力をしなくなるわけです。


 けれどより以上のものを求めることは、ときに貴方を疲れさせ、みじめな状況に貴方を追い込む。


 そのときこそ、貴方には知ってほしいと思います。


 貴方は満ち足りていないのではない。すでに満ち足りているのである、と。

 貴方は、貴方の隣人から満ち足らされているのです。

 貴方と、貴方の隣人とは、互いに満ち足らせ合うようになっているのです。




 貴方が欠けているなら、貴方の隣人が貴方を満ち足らせます。


 貴方の隣人が欠けているなら、こんどは貴方が貴方の隣人を満ち足らせるのです。


 貴方が意識しなくても、貴方の隣人は貴方から満ち足らされているのです。


 また、貴方が輝いているのは、貴方の隣人が貴方を輝かせているからです。


 同様に、貴方の隣人が輝いて見えるのは、貴方が貴方の隣人を輝かせているからです。



 それでも、貴方は、満ち足りていないことを感じることがあります。


 そのとき、貴方は、どうしようもなく、貴方の中で不足しているものを感じます。


 それは、貴方が、貴方の隣人から引き離されているときです。


 仲間といっしょにいるからといって、貴方の隣人から引き離されていないとは限りません。


 仲間といっしょにいながら、貴方の隣人から引き離されているということもあります。


 貴方の隣人から引き離されている貴方は、自分が孤独で、とてもちっぽけな存在になったように思います。


 孤独で、とてもちっぽけな存在の貴方は、貴方とともに生き合う友を求める、心の旅に出ます。


 さみしさとは、自分を超えて自分を生きる、自分であるものによって、互いに対等なものどうしから引き離されている心が、本来の互いに対等なものどうしと生き合うことを求める魂の叫びです。



 また、仲間とはいつも離れていながら、少しも孤独を感じない人もいます。


 それは、一人でいるようでいて、じつは、心の中にともに生きてくれる隣人がいてくれているからです。


 貴方の心の中の人は、いつも貴方のそばにいて、貴方が一人でいても孤独を感じないように満ち足らさせてくれているのです。