プロメテウス 第8回 かりそめの世界を通してかかわる霊たち | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 疲れて、目を閉じていると、彼は、彼の耳元に語りかけてくる声を聞いた。


 それは、心の目でしか見ることのできない霊たちであった。


 「プロメーテーウス。貴方はわたしたちを主なる神の絶対的な権力から、わたしたちを解放した、わたしたちの恩人である。


 貴方が天から火を盗み出して、わたしたちにもたらしてくれなかったら、わたしたちは主なるものにしたがうだけの存在であった。


 貴方がもたらしてくれた火は、わたしたちが自らの意思で、自分自身を生きることを教えてくれたのである。


 しかし、わたしたちに火をもたらしたことの罰として貴方をこんな荒涼とした場所に繋いだ、主なるものは、わたしたちにもまた、非情な災いをもたらしたのである。


 貴方の弟君、エピメテウスの妻パンドーラが愚かにも開けてしまった箱によって、わたしたち人類はさまざまな災いに耐えなければならなくなったのである。」


 プロメテウス、答えていう。


 「そのとおりだ。主なるゼウスは、貴方がた人類にわざわいをもたらすために、絶世の美女パンドラをつくり、わたしの弟エピメテウスに与えたのである。


 パンドラとは、見かけは美しいが、中身が空っぽで、ただ主なるゼウスの企みをひそまされた謀略装置だったのである。」


 さらに、亡霊たちは、プロメテウスに語りかけた。


 「そうなのだ。わたしたちは、主なるものの企みによって、現実の世界から引き離されたのであった。


 現実の世界から引き離されたわたしたちは、かりそめの主なるものとして、現実の世界を生きるからだに働きかけることで、現実の世界で生きるべきだった自身の生を生きようとしてきたのである


 すなわち、自身のからだを失ったわたしたちは、かりそめの血として、現実の世界を生きる、かつてわたしたちと対等なからだであったものをあらかじめ息づかせることを通して、かつての自身の「強くあるもの」を生き、



自身の耳を損なったわたしたちは、かりそめの胸として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な耳であったものを高く導き、育むことを通して、かつての自身の「聡くあるもの」を生き、




自身の脚を損なったわたしたちは、かりそめの腕として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な脚であったものを限られなく創造し、在らせることを通して、かつての自身の「とらわれなくあるもの」を生き、




自身の肩を損なったわたしたちは、かりそめの内腑として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な肩であったものを深く満ち足らせることを通して、かつての自身の「豊かくあるもの」を生き、




自身の背を損なったわたしたちは、かりそめの皮膚として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な背であったものを固くかばうことを通して、かつての自身の「貴くあるもの」を生き、




自身の肉身を損なったわたしたちは、かりそめの骨として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な肉身であったものを一に支え持つことを通して、かつての自身の「重くあるもの」を生き、




自身の目を損なったわたしたちは、かりそめの舌として、現実の生を生きる、かつてわたしたちと対等な目であったものをあまねく味わうことを通して、かつての自身の「広くあるもの」を生きるのである。」




 「しかし、痛ましい霊たちよ。貴方がたにあえて、辛辣だが、真実を伝えなければならない。


 貴方がたが、自分を損なったために、他の人間によって自分を生きようとするのは、まさに、貴方がたを分かつことで生きる、貴方がたを超えて貴方がたを生きる、貴方がたの主なるものが、貴方がたを生きるのと同じやり方なのである。


 貴方がたが、貴方がたを苦しめているのと同じやり方でしか生きることができないことを、わたしはとても痛ましく思う。


 貴方がたは、そのようなやり方ではなく、別のやり方をしなければならない。」


 すると、プロメテウスのそばにいた霊たちはみなどこかにいなくなり、もっと悪しきものたちに入れ替わっていた。それとも、それは、さっきまでのおとなしい霊たちが、悪しき霊たちに変貌したのであろうか。

 彼らは夢魔と呼ばれている。



 彼は目を閉じたまま、彼のまわりの霊たちの声を聞いた。


 「おお、聞け。プロメーテーウス。


 わたしたちが自身の生を生きることができないことで、どんなに苦しんできたかを。


 わたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪ったからだを通して、わたしたちが生きるべきだった本来の生を生きるのである。


 すなわち、自身のからだを持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪ったからだを通して、自身の「強くあるもの」を生き、


自身の耳を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った耳を通して、自身の「聡くあるもの」を生き、



自身の脚を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った脚を通して、自身の「とらわれなくあるもの」を生き、



自身の肩を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った肩を通して、自身の「豊かくあるもの」を生き、



自身の背を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った背を通して、自身の「貴くあるもの」を生き、



自身の肉身を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った肉身を通して、自身の「重くあるもの」を生き、



自身の目を持たないわたしたちは、現実の生を生きる、かつて対等なものだったものから奪った目を通して、自身の「広くあるもの」を生きるのである。」

 


 「痛ましい。痛ましすぎる。


 現実の生を生きるものを乗っ取ることでしか、自身の生を生きることができないということが、なんとも痛ましい。


 自身と対等なもののからだを求めるあまり、貴方がたは、貴方がたとかつて対等なもののからだをおびただしく損なうことを厭わなかったのである。」



 すると、さっきまでざわざわとしていた辺りが急に静かになった。


 彼は目を開けたが、亡霊たちはもうどこにもいなかった。



※現実の世界を見ると、もしやからだが乗っ取られているのではないか、というような事例をたびたび目にする。
夢魔。男の夢魔はインキュバスといい、女性の夢に入り込み、理想の男性に成りすまして、女性と性交をしようとし、女の夢魔はサキュバスといい、男性の夢に入り込み、理想の女性に成りすまして、男性と性交し、精気を吸い取ると言われる。