プロメテウス 第1回 コーカサスの岩山で | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 創作神話で述べたことをより分かりやすく、またさらに深く探究するため、新たな物語をつづってゆこうと思っています。


 それは、人類のために神から火を奪ったことで、主神ゼウスにより、永劫の死の苦しみに耐え忍ばされを得なかった人類神プロメテウスが、主神ゼウスに対してさらに反抗をやめず、ついに主神ゼウスはプロメテウスに屈し、プロメテウスを縛めから解き放つという、とてもヒューマニティックな劇詩です。


 このプロメテウスに題材をとった先行作品としては、暴虐なる神からの人類解放の物語として表現した、19世紀イギリス・ロマン派の詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの「縛めを解かれたプロメテウス」が重要です。


 これから書くプロメテウスは、ある意味、人類解放のドラマとして歌い上げたシェリーへのオマージュなのです。


                *


「わたしを非情にも、この荒涼とした岩山に繋いだ、主なる貴方よ。

 

 貴方は、わたしを永劫の苦しみに繋いだつもりであろうが、わたしは、この苦しみに耐えられないというわけではない。


 なぜなら、わたしが与えられている苦しみというのは、主なる貴方がわたしに与えているつもりの幻想にほかならないからである。


 貴方は、わたしを永劫の苦しみにさいなませているつもりだが、ほんとうに苦しみを抱いているのは、むしろ、わたしをかくのごとき苦しみを与えている、貴方の方なのである。


 貴方は、わたしを苦しませているが、わたしがなくては、貴方は生きることはできないのである。


 だから、わたしを苦しませるということは、貴方自身が自身を窮地に追い込んでいるということにほかならないのである。



 わたしには、貴方の孤独な顔が見える。


 貴方が、どうして数多のものを創造しなければならなかったか。


 そして、貴方が創造しているにもかかわらず、数多のものを、貴方が生きることができなかった、貴方の無念さがわかる。


 さあ、語ろう。


 自身と対等なものを持つことのない、貴方の永遠に孤独な心のことを。」



 はじめ、なにもなかった。


 虚無というものさえなかった。


 しかし、無は有の別名であった。


 意思が現れた。


 これはとても奇妙なことである。


 だが、それは自明のことであった。


 なぜなら、われわれがここにこうしてあるからである。


 原因のない結果はありえないのである。


 あらゆる存在の原因とは、あらゆるものがここに在らせようとするところの意思なのである。


 それは、これを読まれるあなたが、あなたの生きる世界を在らしめている意思ということと、あまり遠くはない。


 あなたは、この世界に対して、あなたを超えてあなたを生きる、あなたの自分であるもののミニチュアなのである。




<続き>