創作神話の第三章
※神を信じている方もおられると思います。その方にはとても気分を悪くされるかもしれません。ただこれはあくまで一人の人間の妄想なのだと思っていただいて結構です。あまり真に受けないでください。もし、これが、神を信じているあなたへの愛だと受け取っていただくことができたら、とても幸いです。なぜなら、これは神を信じているあなたのために書いているのですから。
悪は、どこからやってくるのだろうか。
あなたの外からやってくるのか。
それとも、あなたの内からやってくるのだろうか。
あなたから分かたれた神から来るのである。
あなたから分かたれた神は、あなたに対して完全無比であり、善なるものでなくてはならなかった。
しかし、単独で完全なる善になることはできなかった。
神は、自身と対立する悪を創造することで、自身を完全なる善の存在にすることにしたのであった。
そうして、あなたを超えてあなたを生きる、あなたの自分であるものは、
この対立概念である悪を介在させることで完全なる善の存在となった神を通して、あなたを生きるのである。
戦争への熱情は、神が善なるためにあなたの心に働きかけて作り出した幻想なのである。
あなたが敵を持つとき、それは、あなたの神が、あなたに対して完全なる善として生きようとするときである。
だから、あなたは、自分がどうして敵を持ったかをよくよく考えなくてはならない。
あなたが憎しみを抱いたのは、ほんとうに相手に対するものだったのかをよく省みるべきである。
あなたの中の完全なる善である神が、あなたの中に敵に対する憎しみを生んだのかもしれない。
敵に対する憎しみを正義という。
正義とは、神が完全なる善を生きるために、あえて敵を作り出して、あなたに敵に対する憎しみを働きかけることなのかもしれない。
あなたの隣人が正義というとき、あなたは、それがなにを意味しているのかを熟考しなくてはならない。
考えて欲しい。
すべての戦争、すべての犯罪は、みな正義の名の下で行われているのである。
聖なる戦い、神の名の下で、人類はこれまで、自分たちの同胞をおびただしく害ってきたのである。
戦争がいわれるとき、また異端者を探索し、これを火あぶりにするべきだと声高に言われているとき、あなたは考えなくてはならない。
それは神が自身のアイデンティティを得るためにしていることなのだ、ということを。
ほんとうは、あなたが信じているのは神でもなんでもなく、あなたが勝手にそう思い込まされているものなのかもしれない。