センセーショナリズムという虚無 | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

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世界とは、貴方について書かれた書物である。

 現在、思索をまとめている最中です。もう少しお待ちください。

 かわりに、哲学思想にかかわることをひとつ述べさせていただきたいと思います。



 思想や哲学などと間違われやすいものに、センセーショナリズムというのがあります。

 

 一見、なにか思索的なことを語っているように見えますが、その中身は空っぽで、感情に訴える刺激的な言葉の羅列です。

 

 その目的とするところは、個人的な感情の吐露であり、自身の思想のプロパガンダです。


 自身の思想の宣伝のために、架空の話をでっちあげたり、事実を曲げたり、根拠のないことをいって、世間の関心をひこうとするものです。


 まじめに哲学をしている人間にとっては、まったく迷惑な存在です。

 センセーショナルな言葉につい引き込まれて、無駄に自身の思索をかき乱されるのは、なんとも惜しいことです。


 わたしなら、そういうものは、一応、普段、意識しないことをふと気づかせてくれたり、認識を新たにさせてくれる文学の一形態くらいに理解することにしています。

 けっして、哲学思想をまじめに語っているものとは受け取りません。


 政治家の発言もまた、多く、そういうところがあって、哲学思想というものが感じられない。

 ただ感情をあおるような発言というのは品格が感じられないし、聞いていて、本当がっかりしますね。


 あなたも、中身のない、ただ感情をあおるような人の言動には、どうか、くれぐれもお気をつけください。

 そういう思想哲学のガラクタが、じつに、世の中のあちこちに転がっているのです。


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 じつは、書こうとしていたことがあったのですが、書くにあたってどうしても確認できなかった事柄がでてきてしまって、今回その部分を書くことを断念することにしました。

 書くことの影響や読み手に対する責任というものを考えさせられた一日でした。

 


また、julie Londonで、あなたもきっとどこかで聞いたことのある名曲「fly me to the moon」です。よいものは、つねに新しく、時代を超えて、よいということを感じさせてくれるジャズ歌手です。