今回は、あなたの身近の人のことを書きましょう。
といっても、この物語の主人公は、あなたです。
あなたは、あなたの身近の人たちに隠れて、ある信仰を持ちました。
イエスをすべての人たちの救世主として崇める宗教です。
あなたは、イエスという人が実践したように、世の貧しい人たちやさまざまな抑圧で苦しんでいる人たちのための活動をしていました。
やがてあなたの身近の人たちに、あなたがイエスという人を救世主として崇めていることを知られるようになります。
あなたの身近の人たちは、悲嘆にくれます。
なぜなら、その信仰は、危険な考えだったからです。
イエス以外のものを認めず、人の絆を破壊する思想。
やがて、あなたは、あなたの身近の人たちに深い悲しみをもたらします。
たとえばルチーアという少女のあなたは、ただイエスだけを自身の魂の夫と決め、いっさいの結婚の申し込みを断り続けていました。
あなたの身近の人たちは、あなたがイエスを救世主として崇める宗教を信じていることを知ると、強く、あなたの改宗を迫りました。
むろん、神の花嫁になることを誓ったあなたを、誰も説得することはできません。
怒りに狂ったあなたの父親は、あなたを売春宿につれてゆくと宣言しました。
神の花嫁などとんでもないことだ。
人間が神と結ばれるはずがない。
自身がいかに罪深い存在であるかを身をもって知るべきだ、と愚かに考えたのでした。
しかし、魂が天上にある娘の心を地上に戻すことはできませんでした。
あなたは、地上の事柄から超越していたのです。
あなたが危険な思想の持ち主であることはもはや公然のことになり、あなたはあなたの身近の人たちから引き離され、公の権力の下で裁かれることになりました。
あなたは危険な思想の持ち主であるということで、火あぶりの刑を言い渡されました。
もし、あなたがイエスだけを信じることをやめるなら、死の刑は免れるだろうと、何度呼びかけられましたが、あなたは、涙ながらにこれを断り続けました。
あなたの拒否する涙が、さらにあなたの身近の人たちを悲しませました。
そうして、あなたは火あぶりの刑に処せられることになったのです。
ただ、美しいあなたを火あぶりにすることは、刑の執行人にはとてもできませんでした。
「こんなに美しい少女をどうして火あぶりにしなければならないのだ」。
あなたの貴い命に対する畏敬の思いが、刑の執行をほんのわずかの間、引き伸ばさせたのです。
奇跡とはこのことです。
すでに地上の命を離れて、天上の命を生きる、あなたは、この世の誰よりも神々しかったのです。
その神々しさが、あなたの刑の執行をためらわせたのです。
神々しいこの少女を、どうして火あぶりにすることができるだろう。
しかし、刑は執行されなければなりませんでした。
あなたは、別の役人に引き渡されると、その場で喉を剣で切り裂かれて、絶命したのでした。
あなたの変わり果てた姿を前にして、あなたの身近の人たちは、どんなに自分たちの無力を感じ、またあなたをとりこにした、イエスという存在をどれほど恨んだことでしょう。
あなたの身近の人たちにとって自慢の少女だったあなたは、怒りと悲しみで、死ぬほどの苦しみを、あなたの身近の人たちに与えたのでした。
あなたの身近のひとたちを、怒りと悲しみの底に突き落としたあなたは、自分の命よりもイエスへの信仰をとった者として、イエスの教団から聖女としてたたえられ、イエスのために死ぬものは、天国に行くと大いに喧伝され、その後もおびただしい数の殉教者たちを生み出し続けたのでした。
あなたが自分の信念を持ち続けることはとても素晴らしいことです。
しかし、あなたが自分の信念を持ち続けることで、あなたの身近の人たちに怒りや悲しみをもたらしているかもしれない、と考える心の余裕を持つことができたら、もっと素晴らしいでしょう。
次回は、イエスの教団内で起こったある悲劇をお伝えしたいと思います。