新しきイエス 第十一回 互いに対等なものどうしの心にしたがって生きる | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

 「マタイによる福音書」第七章から。


 ──人からしてほしいことは、人にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。



 イエスがもっとも言いたいことは、この言葉に集約されているように思います。


 イエスが創造しようとした天国とは、そのような場所です。


 ふだん、あなたは、自分がしてほしいことは、自分だけがしてもらうことだと思っている。


 これは、あなたの心が、互いに対等なものどうしの絆から引き離されているからです。


 なぜ引き離されているのか。


 それは、あなたの中の、自身と対等なものを持たないもの、あなたを超えてあなたを生きる、あなたの自分であるものが、あなたをあなた自身と対等なものどうしから分かつことで、あなたを生きるからです。


 だが、あなたがしてもらいたいと思うことを、あなたの隣人に対してしてすることで、あなたは、あなたを超えてあなたを生きるものから解き放たれ、互いに対等なものどうしを生き合うものとなるのです。


 自分がしてもらいたいと思うことを、あなたと対等なものどうしの絆で結ばれた、あなたの隣人に対してすることで、あなたが生きる場所が、一瞬にして天国に変わるのです。


 なぜそうなるのか。


 それは、あなたを超えてあなたを生きるものが生きることができない場所こそが、互いに対等なものどうしの絆であるからです

 ここのところは、とても重要です。

 第二ステージでのキーとなるものと思っていただいてもかまわないでしょう。


 また、この文の結びの、「律法であり預言者である」の言葉は、たとえ、自分(イエス自身)のからだが滅びても、この言葉が律法となり預言者となって、人々の中に永遠に生き続ける、と言っているのではないか、とわたしは想像(妄想)するのです。