なにものでもあって、なにものでもない、この不快なるからだについて考えるこのシリーズは、今回、家族(結婚)制度に異議を唱えた、とある新興宗教を取り上げたいと思います。
この新興宗教のリーダー、ジョン・ハンフリー・ノイズは、だれもが互いのパートナーであると説きました。
それは、心だけが神と交わることができる「ひと」であり、からだはその「ひと」が、神が創造した自然を耕すために自然から借りたものであるから、互いのからだは互いに分かち合われなければならないという主張です。
それは当然、男女の自由な性交を含んだ思想ということになります。
それゆえ、男女の交わりを厳格に考えようとするキリスト教界の中でも、かなり異端度の高い団体と言えるでしょう。
これは、マルクスの生産手段の共有の概念を思い起こさせます。
われわれのからだ自身こそが、さまざまな不平等を作り出している元凶であって、われわれ自身のからだを共有化することで、互いが互いのために生きる社会が作られるという発想です。
彼の共同体では一人の女性を複数の男性が共有したりすることで、特定の親を持たない子供たちが大勢生まれました。
子供たちは共同体の子とされ、成人の誰もが子の親であり、子の誰もが大人たちの子となったのです。
もしかすると、大昔の家族の復活を意味するものかもしれません。
大昔は、血縁関係というものははっきりしていず、誰もが共同体の子であり、共同体の子の親だったのではないかと考えられます。
共同体というものを守る意味からも、その方が合理的だったのではないでしょうか。
そういえば、たしか、ルーマニアでチャウシェスク政権が崩壊したとき、チャウシェスクのために市民と戦った少年たちが、チャウシェスクの子たちと呼ばれていたことを思い起こします。
少年たちには親がなく、国の元首であるチャウシェスクが、少年たちの父だったのです。
このことを詩に表したいと思います。
「からだをもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞をあらかじめ息づくものの下で、
あなたの同胞と、互いのからだをあらかじめ分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いにあらかじめ、強くあるものに、息づかれ合われるものとなり、
耳をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞を高く導き、はぐくむものの下で、
あなたの同胞と、互いの耳を高く分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いに高く、聡くあるものに、導かれ、はぐくまれ合われるものとなり、
脚をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞を限られなく創造し、在らせるものの下で、
あなたの同胞と、互いの脚を限られなく分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いに限られなく、とらわれなくあるものに、創造され、在らされ合われるものとなり、
肩をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞を深く満ち足らせるものの下で、
あなたの同胞と、互いの肩を深く分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いに深く、豊かくあるものに、満ち足らされ合われるものとなり、
背をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞を堅くかばうものの下で、
あなたの同胞と、互いの背を堅く分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いに堅く、貴くあるものに、かばわれ合われるものとなり、
肉身をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞を一に支え持つものの下で、
あなたの同胞と、互いの肉身を一に分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いに一に、重くあるものに、支え持たれ合われるものとなり、
目をもてるあなたは、
あなたとあなたの同胞を超えて、あなたとあなたの同胞をあまねくおし拡げ、味わうものの下で、
あなたの同胞と、互いの目をあまねく分かち合うことで、
あなたとあなたの同胞とは、互いにあまねく、広くあるものに、おし拡げられ、味わわれ合われるものとなるのである。」