自分が今、生きられている世界は、果たして本当に自分にふさわしい場所なのだろうか。
もしそうではないとしたら、どこかに自分にふさわしい場所があるのではなかろうか。
やがてあなたは、自分にふさわしい場所を見つけます。
そこにおいては、あなたは、これまでの世界では感じることのなかった喜びを強く、そして深く感じます。
あなたは、自分にふさわしいこの場所にしたがい、生きることを決意すると、これまでの世界との絶縁を誓うのです。
しかし、あなたが自分にふさわしい場所を得たといっても、あなたがそれまでいた世界の住人は、それを認めないでしょう。
あなたがそれまでいた世界の住人は、あなたが以前、自分たちと同じ住人だと思っています。
あなたがいくら、もうあなたたちとは関係がないのだと宣言しても、彼らにはまったく受け入れられないでしょう。
それも、そのはずです。
なぜなら、あなたがどんなに自分にふさわしい場所で生きていると宣言していても、あなたのからだは、なお前の場所に残してきているからです。
そうして、なお前の場所に留まっているあなたのからだは、あなたが後にしてきたと思い込んでいる人たちとのルールを平気で破っても、そのことがまったく理解できません。
だから、なおさら、あなたは、あたかも罪を犯した人のように、あなたが前に生きていた人たちから、いぶかられることになるのです。
だが、あなたは、あなたに対する非難に耐えなければならない、と感じています。
それは、あなたが生きると決めた世界の真の住人になるための試練だと、考えるからです。
あなたの心の耳に、この言葉が聞こえているのです。
「あなたがしたがうのはただ私だけである。
私だけがあなたがしたがう世界であり、私があなたをしたがわせる世界こそ私の王国である。
だからあなたは、私の王国ではないものから生きられないように気をつけなくてはならない。
すなわちあなたは、
私の王国ではないものから息づかれず、
ただ私の王国からあらかじめ息づかされることで、
あなたのより「強くあるもの」を生き、
私の王国ではないものから導かれず、
ただ私の王国から高く導かれ、育まれることで、
あなたのより「聡くあるもの」を生き、
私の王国ではないものから在らされず、
ただ私の王国から限られなく創造され、在らされることで、
あなたのより「限られなくあるもの」を生き、
私の王国ではないものから満ち足らされず、
ただ私の王国から深く満ち足らされることで、
あなたのより「豊かくあるもの」を生き、
私の王国ではないものから庇われず、
ただ私の王国から堅く庇われることで、
あなたのより「貴くあるもの」を生き、
私の王国ではないものから支え持たれず、
ただ私の王国から一に支え持たれることで、
あなたのより「重くあるもの」を生き、
私の王国ではないものから味わわれず、
ただ私の王国からあまねく味わわれることで、
あなたのより「広くあるもの」を生きるのである。」
※これは輸血拒否で一時マスコミをにぎわせた、とある新興宗教に関して、書いたものです。