笑詩 プロフィールにかえて | 同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

同胞たる、おっとりとした頬を求めて!

世界とは、貴方について書かれた書物である。

プロフィールにかえて、以前書いた笑詩を載せます。最後は、トッテンパラリノサンショノミ。


  前口上


元同僚による、氏にかんする、「当たらずといえども遠からず」的な、中世ヨーロッパ風の覚え書


 どこか浮世離れしている。
 少年のような雰囲気がある。
 年齢不詳。
 じっさいは壮年といってもよい年齢なのだが。
 低血圧である。
 いつもぼうっとしている。
 だから、ものによくつまずく。


 運動選手並みに、ケガといつも付き合っている。
 かならず身体のどこかしらをケガしている。
 不注意から、よくモノに当たるのだ。
 頭にたんこぶがあるのは日常茶飯事。
 きまった場所できまったように頭をぶつける。
 ひざやひじを擦りむいていたり、痛そうな顔の表情が周囲の人を笑わせる。
 来る者拒まずということか、よく虫に食われる。


 大概眠たそうな顔をしている。
 ぼさっとした頭をしている。
 寝起きのままで、よく頭の毛がはねている。
 またシャツの裾の、後ろの方が、はみ出ていたりしている。
 みなりにとても無頓着だ。
 そのだらしないところが、よく人から注意される。

 握力がない。
 女の子と腕相撲をすると、大概負ける。
 覇気(はき)が足りない、と人から言われる。

 目が悪く目脂(めやに)が出る性質(たち)らしく、しょっちゅう手で目をこすっている。
 彼のことを知らない人間には、彼が泣いているように見えるかもしれない。


 サンダルを愛好している。何処に行くでも素足にサンダル履きで済ませる。
 靴下をめったに履かない。裸足で過ごすのが好きだ。
 腕時計をせず、鎖の時計をいつもズボンのポケットに忍ばせている。
 身体にいろいろものを着けたくはないということらしい。
 重力を感じるのだと言う。


 半纏(はんてん)を着るのが好きだ。
 日常着として、好んで青い久留米半纏(くるめはんてん)を着ている。
 それが、いかにも書生というふぜいだ。
 お祭りや田舎を連想させるからだろうか。
 お祭りが好きだ。日本のどこかでお祭りがあると、そこに行って参加したくなる。


 神経性の下痢によく悩まされる。
 ここが人柄ということか、怒ると必ずおなかをこわし、ひどい腹痛に苦しむので、極力怒らないようにしているようだ。
 だからいつもやせている。
 いかにも体力がなさそうだ。
 疲れやすく、下を向いている。
 しゃんとしていない。肩が下がっている。
 そうしたところが、周囲の人から笑われている。


 鼻が悪く、よくティッシュペーパーを鼻に当てている。
 だから鼻の頭はいつも真っ赤。
 そのため話す言葉が鼻にかかっているので、自然とフランス語なまりになる。


 よく目が回る。歩き方もふらふらしていて、内股気味。
 身長は、まあ普通。これはとても相対的な問題だが。


 虫歯になったことがない。
 ただ、歯並びがガチャガチャだ。
 このために発音がちょっと人と違う。
 だから何度も聞き直すことなり、お年寄りとしゃべっているような感じになる。


 おばあさんやおじいさんから、昔話を聞くのが好きだ。
 もしそこにおばあさんやおじいさんがいたら、必ず昔話を聞きたがる。
 おばあさん子、おじいさん子ということなのかもしれない。
 ボランティアでよく、老人ホームに出かけて行く。
 誰かの介護というよりは、逆に自分が慰められるために行くのかもしれない。
 お年寄りにとても好かれている。


 自然が好きだ。
 気が向くと里山に出かけて行って、自然と親しむ。
 アリやミミズやミジンコといった、小さな生物が好きだ。
 また、名のないような雑草が好きだ。
 水を入れたガラスのコップに活けたりしている。
 そうした小さな命を、日がな一日眺めて過ごすのだという。
(こういうところは、彼の科学者にふさわしいところかもしれない)


 野菜が好きだ。
 とくに好きなのはキャベツで、ウサギのように、キャベツの葉をよくむしって食べている。
 自給自足をしたいと考え、家庭菜園で少しばかり野菜を作っている。
 野菜が育つのを楽しみにしているのだという。


 いつも、いるのかいないのか分からない。
 気が付いてみると、そこにいる。
 他人からほとんど意識されない、空気のような存在で、そういうところは、まさに探偵向きと言えるだろう。


 きれいな女性を、「可笑しな恰好をした人」。
 可愛い顔をした女性は、「面白い顔をした人」だという。
 彼の中では男も女もないらしい。すべて人、人間なのだ。
 そこに彼の先見の明があるかもしれない。
 よって、いまだに女性を知らない。
(ほんとうのことを言えば結婚しているのだが、見たところ結婚しているようには、とても見えない。
 伴侶とは、友達のような関係だという)


 中世ヨーロッパの文学と哲学・神学に精通している。
 彼は少年の頃から、よくひとりで瞑想していたという。


 もし受験勉強というものが彼に出来たら、いまごろ学者になっていたことだろう。
 もっとも彼は学者として世間に認められなくとも、生れながらの探究者なのだ。
 自分がどんな職業についているかということには、まったく頓着しない。
 ところかまわず、どこにいても自分の学問を探究している。ただ好きだからしているわけで、そのことによる栄誉などはまったく頓着しないのだ。


 彼独特の視点は中世ヨーロッパの文学、哲学・神学から養ったものに基づいているということが言えるだろう。
 彼によるところでは車は動く箱だ。電車はレールの上を走る箱。船は水の上を走る箱。飛行機は空を走る箱になる。
 氏は、常日頃、現実の事物からの探究を怠らない。
 この探究心が、彼を特別魅力あふれた人間にしている。


 また人間にたいする観察がゆきとどいている。
 名というものを重んじない。
 彼に言わせると、アリの一匹ほどにも問題にならない。
 名というのはそのものを指すだけではなく、他のなにかだったりするという。


 乗り物とか繁華街というのが苦手だ。
 繁華な場所には近づきたがらない。


 とても遠慮深くて、道を歩いているものなら、信じがたいことだが、人に道を譲ってばかりいて、なかなか前に進めないらしい。
 こういうわけだから、なにかの場面でも、いつも控えめで、自分からどうこうしようとしない。だから、落ちついた人間として見られている。

 常に相手を尊重している。
 どのような相手に対しても、決して自分が前に出るようなことはしない。
 頼まれたことも、いやだとは言わない。
 これまで、実にいろいろと、人がやりたがらない役割を引き受けてきたということだ。
 そこが、とても見上げたところというべきだろう。
 引き受けたことは苦言一つ言わず、最後までやりとおす。


 じつは彼は、天使や妖精の仲間だと言ったら、笑われるだろうか。
 それは、みなさん各自で判断していただきたいと思う。