さらに、旧約聖書「創世記」で書かれている事柄を通して、貴方について書きます。
貴方自身を楽園から追放した貴方は、さらに貴方自身を試すことで、より自分であるものを生きようとしたのです。
第一にそれは、貴方を超えた貴方自身を生きることです。そうして、貴方から解き放たれた貴方自身を生き始めたのですが、貴方はけっきょくそういう貴方自身を認めなかったのでした。
それがソドムとゴモラが滅んだ理由です。ソドムとゴモラとは、貴方に反したために、貴方によって滅ぼされる貴方自身の物語です。
次に貴方は、貴方一人を離れて、自身と対等なものどうしとの間で、貴方自身を生きようとします。
それは貴方を超えて貴方を脅かすものになりました。
貴方は、自身と対等なものどうしよりも、貴方によって生きられるために、自身と対等なものどうしの言葉を乱し、自身と対等なものどうしが築いた塔を破壊するのです。バベルの塔とは、このことを表した物語なのです。
どうして、貴方はこのようなことを貴方自身に対してしているのでしょうか。
自身に対する愛が自信がないためなのでしょうか。
自分自身を愛せない人間は、他人をも愛することはできない、といいます。
自分自身を愛せない人間は、自分を大切にすることができない。自分を損なうことを厭わない。
貴方はそういう貴方を許すことができない。
貴方は貴方から愛されるべき貴方自身を求めて、試練を与えます。
貴方が欲しているものはなにか、と。そうして、貴方の分身である二人の兄弟がそれぞれ答えます。
そして貴方は、二人のうちの一人のものだけを受け取り、片方のものを受け取らないことにします。
貴方から愛されない方は、貴方から愛された方に激しい憎しみを抱き、かくして人類最初の殺人が起きるのです。
カインとアベルの物語。
貴方の貴方自身に対する不信はさらに終ることなかったのでした。
貴方は貴方自身が自身と対等なものどうしから分かち、ただ貴方によってのみに生きさせようとします。
貴方にふさわしいものは生き長らえ、そうではないものは滅ぼされる。
それがノアの箱舟の物語です。
貴方にふさわしいものだけを生かして、それ以外のものはこの世から抹殺したい。
これは大虐殺の発想です。人類はこれまでどれほど同じ人類(同胞と私は呼びたい)に対する殺戮を繰り返してきたでしょうか。
そういう貴方は、ただ貴方にだけしたがうことを誓わせるために、貴方の大事なものの命を損なわせようとまでするのです。アブラハムとイサクとは、ただ貴方自身にしたがうために、自身をどんなに損なっても厭わない貴方自身を表した物語と見ることができるでしょう。
貴方自身を損なっているのは、より自身を生きようとする貴方である。それはとても独善的で、自己中心的な存在。
これに対して、対等なものどうしが互いに生き合われるべきことを唱えるものが現れてくる。
いわゆる今日の宗教、哲学の祖たちということになりますが、ただそれは当初から本来の意味を失って継承されたきたものです。