エミシの森 -156ページ目

(2).エミシのモリのチ(地)



 エミシのモリの地の推定を試みよう。

 東北には、「長者」と付く地名が数多く残っている。

 その地を多賀城から上の宮城、岩手に限定するのはやめよう。

 それ程に「長者」地名は、東北中にあるのだ。


 北の県からみてみよう。


 青森は、約8箇所。

 秋田は、東北で最も多い約20箇所。

 この2県は、「長者森」と「長者屋敷」がほとんどだ。

 長者森・・・まさに「エミシのモリ」を彷彿させる。


 宮城は、約12箇所。

 山形は、約4箇所。

 この両県は、「長者原」が圧倒的に多い。


 福島は、約13箇所。

 「長者久保(窪)」が多い傾向にある。


 その他、「長者」に加えて「川、平、畑、作、洞(ほら)、花、山」と続く地名が少数ある。

 サク、ハナには、少し興味心が動かされる。



それと、地名としては少数ではあるが「長者舘(だて・たち)」は、意外な程多くある。
「舘」は、「やかた」と読めるので大きめの住居をイメージしがちだが、「砦」を想像していただたいた方が良い。この「舘」で拾い上げるとエミシの居た地の推察は、格段に広がりをみせる。


 武田信玄が城を持たず躑躅ヶ崎館を拠点にしていた事や織田信長もお舘と読ばれていた事、またリーダーを示す呼び名に「お屋形」、「親方」などがある事が、音の共通性を感じるのは非常に興味深い

 実際に長者と付く土地に行き、そこに住む人々に地名の由来を尋ねると、「昔、長者の屋敷があったからかな」と笑顔で語ってくれるが、そういではない。


 この場合の「長者」は、昔話に登場する“わらしべ長者”ではなく、ここ掘れわんわんと土の中から掘り出したお金で裕福になった人でも、豪農や庄屋さん、ましてや長者番付のお金持ちの事ではない。オサは、酋長、首長、族長などをイメージしていただくのが良い。

 「長者」地名の一例をあげよう。