ライオンズゲートが閉じるという2022年8月12日は、水瓶座の満月だった。

 

獅子座の父に起こったこと。

私に起こったこと。

行動したこと。選択したこと。受け取ったこと。

 

その記録です。ヤマなしオチなし日記。

おそらく3~4回連載の予定が、もう少し延びそう。

 

4回目です。

 

◆帰宅する車の中で

◆電話の嵐

★その1(病棟)

★その2(保健所)

 

***

 

これまでの投稿は、タイムラインまたはコメント欄のブログに連載中。

 

【水瓶座の満月(1)】

◆発熱外来前夜

◆朝

◆受診

 

【水瓶座の満月(2)】

◆帰宅

◆救急車

◆病院着

 

【水瓶座の満月(3)】

◆救急診療

◆入院

 

*****************

 

◆帰宅する車の中で

 

誰もいなくなり、ひとり残されたのは、どこなのかわからない、裏手の場所。

救急車を降りて、ストレッチャーで運ばれる父を追いかけるようにして、中に入ったため、外を見まわす余裕がなかった。

 

(さて、ここはどこ?)

(病院の裏手?)

(どうやって、帰ったらいいのだろう?)

 

陽性患者の救急受け入れのための特設のプレハプが建っているのだから、一般病棟からも外来のある場所からも、離れているだろう、敷地の端っこだ。

 

施設内に入れば、そこがどこであっても、正面玄関までの案内表示があるだろうが、外にはなんの標識もない。

誰もいない。

なんとなく、見当をつけて歩き出すと、外来の駐車場らしきものが見えてきた。

 

(暑い)

 

日傘を差していても、暑い。

プレハブで待っているときに連絡をして、経緯を伝え、主人が迎えに来てくれることになっていたが、あまりにも暑いので、待っている間に、このまま歩いて帰れるのではないか? という気がしてきた。おそらく、歩いても20分ほどのはずなのだ。

自宅に電話をかけると、長女がでて、「お父さんは、もう行った」とのこと。

 

どこかに停まっていないかと、広い駐車場内をみまわすが、主人の車は見あたらない。

ロータリーにあるバス停の椅子に座って待っていると、バスが坂の下から登ってくるのが見えた。

 

あわてて、椅子から立ち上がり、バスを待っているのではない、という意思表示をしたけれど、駐車場からは離れられない。

しばらくして、バスが出発したので、再び、バス停の椅子に戻る。

 

(早く来てくれないかな~)

 

と思っていたら、主人の車が坂を上がってくるのが見えた。

走っていく。

 

「ありがとうー―――っ」

 

エアコンの効いた車に乗り込む。

すぐに窓を開ける。

私は、濃厚接触者なのだ。

 

「おじいちゃん、入院しちゃったー――。もう、会えませんって言われた。臓器提供のことも訊かれたし、延命のことも言われたし、死んでも会えない感じのことを説明された。家族には最悪の事態を想定して説明するって感じやった。いったん入院してしまうと、亡くなるときも会えないから、いっしょにいたいなら、“連れて帰ります”っていう選択もできる感じやねんけど、今のおじいちゃんの状態では、家での介護は無理やし、夜中じゅう、見守ることもできないし、どうしよう~って考えてたら、この病院では入院できないって聞いていたのに、男性一床だけ、今、空いたって言われて、それが埋まったら、いくら入院したいって言っても、病院が見つからないかもしれへんし、遠い場所になるかもしれへんって言われて、迷ってる時間ないって思って、お願いすることにした。

おじいちゃんには、いちおう、病気やから入院しなあかんことと、退院するまで来れないことを伝えて、うなずいてたけど、絶対、起きたら忘れるよね? 家じゃないから、びっくりするよね?」

 

窓全開の車内で、正面ではなく、窓に向かって話す。

そもそも、会話もダメなのかもしれないが。

 

心配や葛藤とは別に、あの家に【父が不在】という状況が、心の中に差し込んでくる。

介護が始まってから、絶対にかなわなかったことが、訪れている。

さあ、やることは何?

 

(掃除!)

(片づけ!)

(断捨離!)

 

ずいぶん前から、一般ゴミでは捨てられない「粗大ゴミ」を捨てたいと思っているのだが、申し込んだ時に指定される水曜日の朝9時までに、家の前に出しておくシステムのため、父に見つからないように捨てることができず、実行が難しかった。

 

「今日、電話すれば、来週の水曜日に出せるから、間に合うで」と、主人に言われ、平日だったことに思い当たる。

 

「わかった! 帰ったら予約する! 捨てる!」

 

四年前に母が亡くなったとき、実家の雑多なものを、少しずつ処分して減らしていこうと思った。

粗大ゴミは、月に一度だけ、決められた分量を無料で捨てることができる。

最初の3か月くらいは、計画表を作って、こまめに処分していたが、そのうち、

 

(なぜ、自分ばかり、介護や片づけにあけくれているのだろう?)

 

という気持ちが湧いてきて、突然、嫌になり、やめてしまった。

それ以来、片づけの手がとまっている。

 

実家の荷物は減るどころか、私の持ち物が増えていき、前より雑多になっている。

そろそろ、なんとかしなければ…… という状態が続いているが、そのことに時間を使いたくない、という気持ちが働く。

 

そんな中で、

 

(濃厚接触者として、自宅待機する時間)

(父の入院で、日々の介護から解放された時間)

 

が舞い込んだ。

「家のことに使うために訪れた」のだと感じて、心が決まる。

 

(捨てよう)

 

◆電話の嵐

 

車が実家の前に着く。

私は、濃厚接触者なので、主人は、お茶も飲まずに帰っていく。

 

門を開ける。

玄関横には、父が座っていた椅子が、そのままになっている。

鍵を開け、部屋に入ると、私が使っている部屋は、見事な散らかりようだった。

 

(保険証をさがしまわった残骸)

(やりかけの仕事)

(あわてて、着替えて、脱ぎ捨てた服)

 

消毒スプレーをまき散らす。

父の部屋に行き、窓を開ける。

ここにも、消毒スプレーをまき散らす。

家じゅうの窓を開けてまわる。

うがいをする。

 

この家で、認知症で、耳が遠く、何度も同じことを尋ねる、抗原検査陽性の父とすごして、感染しないでいられるのは、難しいと感じた。

 

何かあったときの対処も。

救急車も、すぐに来てくれるかどうか、わからない。

父は、医療体制が整った病院で、24時間看てもらえる。

医師も、看護師もいる。

ぜったいに、よかった。

 

でも、症状が改善してきたら?

 

父の知っている人は、誰もいない。

父の知っているものは、何もない。

父が毎日やってきたことが、何一つできない。

 

(ベッドに寝た切りで、筋力が衰えて歩けなくなったら?)

(認知症が進んで、今、できることができなくなったら?)

(家のことを、忘れてしまったら?)

(今以上に、介護が大変になったら……)

 

際限なく湧き出してくる心配を、「大丈夫」という根拠のない確信に切り替える。

救急車に飛び乗ったときのまま、散らかっているものを、ひとつずつ、元の場所に片づけていく。

 

大急ぎでいろんなものを詰め込んだカバンの中身も、元の場所に戻していく。

 

(あれ?)

(保険証!)

 

書類をはさんだクリアファイルの裏側に、保険証がはさんである。

発熱外来で提示して、返してもらったときに、無意識に入れたのだ。

一方向からしか見なかったので、気づかなかった。

 

(あんなに探したのに)

(ずっと持っていたなんて)

 

スマホを取り出したとき、着信があったことに気づき、あわてて番号を確認する。

病院からだった。

 

★その1(病棟)

 

時間は、主人の車で家に向かっているころだ。

カバンを床に置いていたので、気づかなかった。

 

あわてて、電話をかけると、総合受付。

 

(誰からかかってきたのー――っ?)

 

経緯を話すと、父が入院している病棟につないでくれることになったが、ずいぶんと待たされた。

ようやく、電話に出てくれたのは、病棟の看護師さんだった。

電話をかけてくれた先生は、今、緊急の対応をしているので、後ほど連絡があるとのことで、入院に関しての説明事項を伝えてくれた。

 

感染症患者である父は、外からの持ち込みができないため、パジャマはレンタル。マスクや介護おむつなどの衛生用品は、実費負担。入院治療にかかる費用は、公費負担と自費負担があり、冷蔵庫や、テレビの使用は、自己負担になるとのことだった。

使用するかどうかを尋ねられ、もちろん使用すると答えた。

 

父の様子を尋ねてみる。

4人部屋で、病院の人の言うこともわかり、おとなしく寝ているということなので、ほっとする。

父の認知症の症状や、耳が遠いことなど、詳しく状況を伝え、入院による認知症の進行や、筋力の低下など、心配に思っていることも伝える。

 

高齢者の場合、入院生活で筋力が低下しないよう、リハビリ指導が入るそうだが、感染症患者の病棟には入れない…… ということだった。

 

話しているうちに、(毎日、何をしてすごすのだろう?)ということに気がつき、父が日付を判断しているのが、「新聞」だと思い当たり、

 

(眼鏡がない!)

 

ということに気がついた。

 

新聞がないと、父は、日付がわからないので、不安になる。

眼鏡がないと、新聞が読めない。

 

眼鏡を届けたいと伝えると、入院時に身に着けているもの以外、一切、持ち込みはできないという。

父にとっての眼鏡の必要性について、懇々と訴えたけれど、規則なのでダメだということだった。

 

(救急車で搬送されるときに、眼鏡をかけている人なんて、いるのだろうか?)

 

それよりもなによりも、感染症患者の病棟には、新聞の持ち込みができないとのことだった。

 

(いったい、入院中、どうやってすごすの?)

 

そう思ったとき、

 

(父は小銭を持っていない!)

 

ということに気がついた。

 

飲み物や、パンや、お菓子など、何か食べたくなった時、お金がないと買うことができないと気がつき、あとで払うので、父が欲しいものを買ってもらうことはできるのかと尋ねると、感染症患者は、部屋から出られないため、売店での買い物はできないこと、病院の食事以外食べられないことを伝えられる。

 

(なんの楽しみもない!)

 

日課だった新聞も読めず、好きなあんぱんも食べられず、どこかもわからない病室のベッドで、デイサービスにも行けず、人との交流もなく、どこにも行けない状態……

 

10日間も、父が、病室で耐えられるとは思えなかった。

新しい記憶は入らないので、何度も同じことを尋ねて、看護師さんに迷惑をかけるにちがいない。

耳も遠い。

想定される心配なことは、ぜんぶ伝えた。

それでも、お願いするしかない。

 

お忙しいと思うのに、看護師さんは最後まで聴いてくださり、高齢の患者さんや、認知症の患者さんには慣れている様子で、きちんと看護しますから大丈夫ですと言ってくださり、電話を終えた。

 

★その2 保健所

 

職場に電話をしなければ…… と思っていたら、着信音が鳴り、電話に出ると、保健所からだった。

父が入院したことを伝えると、病院のほうで確認するとのこと。

せっかくなので、自分のことを質問した。

 

(そもそも、私は、濃厚接触者なのか?)

 

デイサービスから帰宅した父は、庭の水やりなどをしたあと、そのまま寝てしまったので、一緒にごはんを食べていないこと。セキの症状がではじめたときも、部屋は離れていたこと。体温を測りに行くときは、マスクを着用し、発熱を確認してからは、さらに消毒を徹底していること。

発熱外来から帰宅後、父は庭にいて、その後、救急車で搬送され、入院したので、マスクなしで15分以上接していないこと…… を伝え、濃厚接触者の定義にあてはまらないのではないか? と尋ねると、「発症前2日間」にも感染の可能性があるとのことで、そのときはどうでしたか? と質問される。

 

(発症前2日間!?)

 

一緒にごはんを食べているし、マスクなしで、同じ部屋で話をしている。

 

(がー――ん)

 

ということで、濃厚接触者確定の私は、父の発症の翌日から5日間の自宅待機。

もちろん、無症状の場合なので、症状が出て、感染した場合は、この限りではない。

 

念のために、父が早く退院した場合の、私の自宅待機期間について、質問した。

「発症の翌日から10日間かつ症状がなくなってから72時間経過後」とのことなので、最短で10日となり、父が入院している場合は、17日から職場復帰。父が回復して早めに退院した場合は、22日から職場復帰。

 

保健所は、たいへんな忙しさだと思うのに、やさしく丁寧に教えてくれて、感動した。

 

 

このあと、

 

★その3(職場)

★その4(ケアマネ-ジャー)

★その5(救急担当の医師)

★その6(粗大ゴミ受付)

★その7(義母)

 

と、夜まで電話が続く。

その中で、次回、救急担当の医師の言葉を特筆する。

 

つづく

 

浜田えみな

 

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