グラウンディングをしていて起こる感覚は、植物にたとえると、ものすごく「種」で、ものすごく「根」で、ものすごく「芽」だ。


原始的で融合的で受動的で能動的。

 

深まっていくと、安心と安全と守られている感覚の中で、自分が自分だと思っている観念も消えて、制限も消えて、ただ、ただ、心地よい。

グラウンディングしているときの体感は、もしかすると、胎内にいるときの記憶ではないか? と、感じる。

 

ものすごく「種」という感覚がこれだ。

 

そして、どんどん深まっていく。

イメージ的には、自分の「源」「本質」へと向かっている

 

ものすごく「根」という感覚がこれだ。

 

グラウンディングを続けていると、素に近づいていく。

物質世界では説明のつかないような、不思議な体験が起こる。

 

肉体と肉体は、物質世界では、溶け合い、混じりあうことはない。

でも、スピリチュアルの世界では、さまざまな可能性があるのだと思う。

 

別々だと思っていたものが、いつのまにか溶け合い、融合し、新しいものが生まれたり。

なんの反応も起きなかったり。

磁石の同じ極のように、反発しあうエネルギーが生まれたり。

グラウンディングすると、すべての可能性にサレンダーし、オープンになっていく。

 

〈変容が起きていく〉

 

ものすごく「芽」という感覚がこれだ。

 

伸びていくためには、根を張る時間や、エネルギーを蓄える時間も必要で、ソウルコーチのセッションにも、それは言えるのだ……と思う体験をした。

 

受講生同士で行っているセッションでは、毎回、新しく学んだスキルにチャレンジする課題があるので、お互いの胸を借りながら、実践している。

 

ところが、このあいだの練習セッションは、そうではなかった。

クライアントの私が話し続け、コーチは何も言わず、聴き続けてくれた。

見えている世界では。

 

でも、コーチは、ずっと一緒にいてくれた。

 

〈その体感〉

 

そのとき、話していたのは、いわゆる「母娘問題」というカテゴリに属するもので、母は三年前に亡くなっているので、改善のしようもなく、ことさらテーマにするつもりはなかったのに……。

話しているうちに、

 

〈ただ、聴いてくれている〉

〈受け止めてくれている〉

 

という感覚が、ただ、しみとおっていき……、深まっていき……、そのうちに、

 

(母に、こんなふうにしてほしかったのかもしれない)

 

と、思い始め、セッションの終わりごろには、

 

(母が聴いてくれている)

 

と、感じた。

 

コーチは、母とは似ていないし、年齢もぜんぜん違う。

 

でも、コーチが深くグラウンディングして作ってくださる場に、私自身のグラウンディングが深まると、水の中を泳ぎ出していくような感覚があった。

そして、その場が、さらに深まると、いろんなものが融合できるワールドになるように感じる。

 

だから、そこに、母も来ることができた。

ずっと聴いてくれていたコーチに、私は母のエネルギーを感じていたのだと、確信する。

 

コーチは、ただ、いっしょにいてくれた。

私が望む世界に、いっしょに来てくれた。

 

意図せず、原点の傾聴に還ったセッション。

クライアントと一緒にいるだけで、そうなっていく(最高最善の場に運ばれていく)のだと感じた。

それを可能にするのが、グラウンディングだ。

 

ものすごく「種」で、ものすごく「根」で、ものすごく「芽」な自分。

 

〈その体感〉

 

ソウルコーチへの感謝と。

母への感謝と。

生れてきたことへの感謝と。

 

浜田えみな

 

本郷綜海さんのソウルコーチ養成コース受講中です。

6月からモニターセッション始めます。

 

浜田えみなのグラウンディングの世界観

 

 

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