(セッション後の紀さん)


たとえ、「知って」いても、
それを、「使っていく」ことは、
まったく別の力を必要とする。


紀さんのセッションが視せてくれたのは、
「知っている」ものを
「どう使っていくのか」
「動かしていくのか」
というヴィジョンだった。


それは、「知っている」こととは、
まったく次元が違う。


*    *    *


Café NAKAOは、おうちサロン&カフェだ。


二階のキッチン&ダイニング&リビングスペースが、その日のセッションの場所だった。
オーナーの中尾扶美さん から、上にあがってくださいと言われ、部屋に通されたとき、まっさきに目に飛び込んできたのは、薪ストーブの中に燃える炎と、その温かさだった。


そして、くるみちゃん
くるみちゃんは犬だ。
ミニダックスフントのように見える。
かわいい。
邪気がない。疑いがない。


(でも、遠くにいてほしい)


私は、小さいころ、近所にいたダックスフントのピーちゃんに追いかけられて、全速力で逃げたにもかかわらず、執拗に追いかけられて(ピーちゃんは嬉しくて)、太ももを舐めあげられたことがあって(ひゃああっ)、そのときから犬は苦手。


かわいいと思うけど、抱いたり遊んだりできない。
犬だって、そんなことはわかるから、私のそばにはあんまり来ない。
はずだったのに、くるみちゃんは、おかまいなしだった。


くるみちゃんには、私が発している“そばに来ないでビーム”は、ぜんぜん視えないみたいだった。
あそんでくれなくても、抱いてくれなくても、愛くるしい瞳でみあげてくるし、信じられないことに、嬉しそうに足元にまとわりつき、何か言いたそうに首を傾け、えりんちゃんと並んで腰かけたソファの真ん中に入ってくる。


(その、まんなかは、もちろんワタシの場所だよね)


と思っている。たぶん。
犬好きのえりんちゃんに遊んでもらい、私の手をぺろぺろ舐め、まさかのジャンピングキス。


(き、きすっ)


は、初めてのわんことのキス!

(ふぇぇーーーーん)


そんなことも、おかまいなしだ。
くるみちゃんは、家に来るお客さまは、全員、「ワタシに会いに来てくれた」と思っていると、紀(とし)さんも、扶美さんもおっしゃっていた。
「ワタシを嫌いな人がいるわけない」とも、思っているそうだ。


本当に、そんな感じだった。


人の態度で自分を変えたりしない。
くるみちゃんは、誰の前でも、くるみちゃんだった。


「必要なことを、くるみが教えてくれてるんじゃないの?」


と、紀さんに言われ、心の底から、そのとおりだと思った。

えりんさんと私は、二人でコラボイベントをしようと決めているけれど、これから、いろいろなヴィジョンがふくらむとともに、しりごみしたいような後ろ向きな気持ちも、きっと出てくるだろう。
そのとき、くるみちゃんの姿を思いだせばいい。


「お客さんは、みんな私たちに会いに来てくれたんだ」
「私たちを嫌いな人なんているわけがない」


*    *    *


オーナーの扶美さんの作る心づくしのランチは、野菜がゴロゴロ隠れている具だくさんの粕汁と、玄米ごはん。口にふくみ、かみしめ、味わい、胃に落とすと、身体の芯からあたたまり、エネルギーが身体を巡っていくことがわかる。




食後は、オーガニック珈琲、ラテ、紅茶、ハーブティなど、お好みでお茶を煎れてくださった。扶美さんは、魔法のように、おいしくお茶を煎れる名人だ。


セッションは、紀さんの演奏する真正面のソファー。薪ストーブの横で行われた。
生活の中で欠くことのできない水と火。毎日使っているにもかかわらず、炎の動きを、こんなにも無心で見ていられることは、今の生活の中では少なくなっている。


そういえば、私の今年のことだまは「ほ」だった。
ほのおの「ほ」。


今は、まだ小さいけれど、やがて大きくふくらんでいく発信のきざしのことだま。

未来への可能性にふくらむことだま。炎の種が芽生えたことを教えることだま。

*    *    *


セッションは、えりんさんから受けていただいた。
始める前に、紀さんから小さなシートが渡され、今の自分の状況や想いなどを書いて提出する。


そして、紀さんから、音の種類が三つあることと、短いフレーズを演奏するので、一番、自分にしっくり響くものを選ぶようにという説明があった。
選んだ音で、「今、必要な調べ」を即興演奏で弾いてくださるのだ。


また、ピアノの音だけが録音されるので、身体を動かすときの音や、何か別の生活音のようなものが響いたとしても心配しないでくださいとのこと。
イビキをかいても大丈夫だ(笑)


私は、離れたダイニングテーブルのところで、聴かせてもらっていた。
三種類の音って、どんな音だろうと耳をすませながら……。


まず、一番の音。


(これだ!)


と思った。

二番、三番と聞いたけど、どれも、違うとわかった。

えりんさんも、「一番」を選んだ。


今回、紀さんに、それぞれのセッションの間、二人一緒に聴いていてもいいかどうかを尋ね、承諾していただいたのは、これから一緒に創りあげていくものを育てていく、えりんさんと私にとって、お互いのために演奏される音の世界を共有することで、それぞれの大切にするものを深いところで感じ、リスペクトすることができるのではないかと感じたからだった。


でも、受けてみて、それが違っていたことがわかった。
紀さんが演奏してくださったピアノの音は、二人ぶんで一つ(^^)。


えりんさんのためのヒーリングが私のためのヒーリングでもあり、私のためのヒーリングがえりんさんのためのヒーリングでもあった。
音のすべてが、必要だったのだ。えりんさんにも、私にも。
そんなことが、わかった。


えりんさんへのセッションの後半は、天使がいっぱい降りてきた。
流れているのは、ピアノの音なのに、まぎれもなく、舞い降りてきた天使の歓喜の声。


(わー えりんさん、天使から祝福されてるんだーー)


と感じ、自分には関係のないことのように思って、私も一緒に拍手していた。
けれど、その喝采が、知らないうちに私の魂にも響いていたから、次のセッションでの物語が始まったのだった。


休憩のあと、私の番。
どんな体制で聴こうか。横になろうか。腰掛けようか。横になると寝てしまうかも。腰をかけると覚醒しすぎるかも……。

えりんさんは、横になってセッションを受けていたので、どうだったか聴いてみると、


「最初は腰かけていたほうがいい」


というアドバイスだったので、ソファーに座って受けることにした。


(それならば!)


と、買ったばかりの赤いギャッベを取り出した。





その上に腰をおろす。
もう、それだけで、オシリから、ほこほことエネルギーが立ち昇ってくるようだった。 


(いいぞ!)


ここで一緒にピアノヒーリングを受けたギャッベは、家に帰ってからも、私の強い味方になってくれると思った。

(もーーー。なんてメンタル弱いの。ワタシ)


紀さんは、袋から取り出した赤いマイ座布団をソファーに敷いた私に驚いたかもしれないけれど(爆)、セッションについて、えりんさんの時と同様に、丁寧に説明してくださった。
音質のチョイスも省かず行ってくれる。


(聴かなくても、チョイスは一番に決まっている!)


そう思っていた。


(ぜったいに、あの音がいい!)


それなのに。

二番の音を聴いたとき……

胸のところに、光景が浮かんだ。


木立の奥に眠る静かな湖。

夜明け前の朝もやが湖面を覆い、どこからか吹いてきた風が、その白い雲のようなもやを、さーーーっと揺らして過ぎていく幻想的なビジョン。

月の光。水の精。森。イノチ。呼吸。目覚め。気配。動き。


一番目の音も、三番目の音も、美しい響きだったけれど、胸が震え、映像が視えたのは二番目の音だった。


(絶対に一番だと思ったのに?)


そう思いながら、顕れたビジョンのミラクルが忘れられず、紀さんに


「二番で」


と応えていた。


目を閉じる。
演奏が始まった……。


*    *    *


(耳で聴いているのではない)

と、すぐにわかった。

紀さんのピアノは、確かめるように、階段を登るように、一つ一つ、ゆっくりとした響きで進んでいく。
それにつれて、自分の中で、呼応する場所がある。ピアノの響きに共鳴している。
場所は体幹部に集中していた。


音がハンマーで、自分がピアノの弦になったように思えてくる。
紀さんのピアノタッチによって、自分の弦が弾かれているのだ。

起こされていく。気づかされていく。活性化されていく。


(楽器なんだ!)
(自分は、楽器なんだ)


むき出しにされたピアノのように、弦がふるえる。強く。長く。何度も!


生きていることが音楽。
何を表現したとしても、音楽。


(私は、楽器なんだ)
(自分を、楽器として使う)


見えない弦のありかを、一つ一つ教えるように、紀さんのピアノが目覚めさせてくれた。

同時に、湖のビジョンは、さまざまな姿を呈していった。


題するならば、


「湖の一日」「湖の一年」「湖の一生」

朝もや、日中、夕暮れ、夜の訪れ……
春、夏、秋、冬……
若い湖、中堅の湖、壮年の湖……


ピアノの音が運んでくるビジョン。


(一人じゃない)


というメッセージ。


湖は一人じゃなかった。
森があり、湖畔には大地があり、草があり、花が咲き、虫が生き、森の中に棲む生き物の気配があり、空があり、風が吹き、水の中にもイノチがあり、その水深は、はかりしれなかった。


(器……)


禅タロットの師であるルチさんから、


「水は器がないとカタチを留められない。だから、いつも器を探そうとする。でも、器など必要のない水もある。海や、河。そんなものを入れる器はない」


という話を聴いたとき(私が、星座やその他の占術のどれにおいても“水”と多く関わっていて、禅タロットにおいても“水”のエレメントを持つカードがよく出ていたことから)、たしかに器を探して(コミュニティの中で、どう適応するかどうかばかりを気にして)いる自分に嫌気がさし、


(なるほど!)


と思ったけれど、海や河は、あまりに壮大すぎて、自分に置き換えるには、遠い話だった。だけど、


(湖なら)


湖も、水をたたえている場だった!


深い森の奥で、とじて息づく湖を守るように、とりかこんでいる自然の姿は「湖の器」のようだった。
そんな器の中になら、入りたい。抱かれたい。守られたい。


そして、アメーバブログを開設するきっかけをくれ、最初の読者になってくれた、表情筋トレーナーのはるちゃんが、私の文章のことを、そんなふうにほめてくれてとても嬉しかったことを思い出した。


紀さんのピアノから、自分がコトバの表現者ではなく「楽器」だと思えたことと、自分の本質を「湖」にみたことは、始動だった。


これからの自分を変えていく力と、向きを持つ新たなベクトル。
自分から生まれるものが変わると確信できた。


そのとき。


(あ!)


仙骨が動いた。


ソファーに腰掛けていたのだけど、音がしたのではないかと思うほど、仙骨の部分がピシリと動いた。


(やった!)


と思った。


〈仙骨が動く〉


などと言われても、なんのことだろう? と思う人のほうが多いかもしれないけれど、私にとっては、この上ないOKサインだ。

それをきっかけにして、すべてが流れだした。


最初、胸のあたりだけで感じていたことが、下腹部のあたりへと下りていき、足の裏がジンジンしはじめた。放出されていくもの。みなぎってくるもの。グラウンディングの感覚。
指の先からも。巡りくるもの。


音は耳から伝わるものではないことが体感できる。


紀さんのヒーリングセッションは、それぞれの時間の中で、二つのパートを構成していた。45分のセッションであれば(30分+15分) 75分であれば(60分+15分) 
前半と後半で、曲想が変わる。


えりんさんは、最後の15分で、今すぐ起きだして活動をし始めたいほど、スイッチが入ったと話していた。

私はどうだったか? というと……
えりんさんのセッションを離れて聴いていた時ほどには、曲想の変化を感じられなくて、ただ、このセッションで望んだことが、自分の手の中に降りてきたことに感無量だった。


自分が何かが知りたかった。
何ができるのかがわからなかった。
どんなに決めても、何かどこか違う気がして、迷い、ブレていた。

言葉と自分との関係も。
言葉が何なのかということも。


そんなことの答えがもらえた。


そして、


どんなことが起こっても、自分が守っていくもの、大切にするものがわかった。
いつでも、還りつける場所。


(湖)


見せてくれたさまざまなイリュージョンを、忘れない。
決して変わらない、変わってはいけないものの姿を知ること。

これから先のことはわからない。

でも、


〈今、私に必要な気づきのために〉

〈今、動き出すベクトルのために〉


紀さんはピアノを弾いてくれた。


*    *    *


というわけで、その後のシェアリングでも


「湖!」


を連発していた浜田えみな。

めっちゃ、意気揚々と家に帰り、セッション中に思い出した記憶……「言われたとき魂がふるえるほど嬉しかったはるみちゃんの言葉」……の原文が読みたくて、過去のブログを検索した。→ ★★★


(ありゃりゃ)


比喩に使われていたのは 〈湖〉ではなかった……
はるみちゃんの言葉は、


ブログを読んでいると、深い森の中にあるとても澄んだ泉のそばに立っているような気持ちになりました


(泉!!)


泉だった……

紀さんにも、えりんさんにも、「湖」の話をしまくっていたけれど、よくよく考えてみれば、あの小ささ(私が視たビジョン)は湖ではなく泉。


何より、その湖に底がなかったことが、セッション中も不思議だったのだ。
ヒーリングの音楽によって、ものすごく深いところまで潜り、浮上してきた感覚があったので、そんなに深いなんて不思議な湖だなあと思っていた。


(泉だったのか)


〈泉〉のキーワードは、幾つもある。
たしか、ロルフィングのセッションのときに、印象的な会話をしたはず…… そう思い当って、また、過去のブログを検索した。


ブログって、なんて便利なのだろう。
膨大なブログ記事の中から、キーワードを入力するだけで、書いた記事がピックアップされる。

ロルフィングの時に言われた「泉」については……


(仙骨!)


仙骨と関わりがあった。
私のブログは、記事のトップに見出し的なテーマを載せているのだけど、その時の見出し文は、まさに、紀さんが見せてくれたヒーリングセッションのビジョンだった。


仙骨が、「器」であり「世界」であり「宇宙」であることがわかった。
仙骨は、湧き続ける「泉」だった。満ちあふれる「源」だった。

どんなときでも、「変化」は、より幸せになるために起きることを、確信したかった。
新しく生まれた仙骨に、大地からの「今」のノックがとどく。


*    *    *


当時のブログを読むと、懐かしい「ロルフィング」のことや、「クラニオセイクラルワーク」のことや、「ヒューマンデザイン」のことが書いてある盛りだくさんな内容だった。→  ★★★


仙骨は、とても大事な場所。
女性にとっては、その前に子宮や卵巣があり、子宮と仙骨は靭帯でつながっている。

人間には、プラスチックやセラミックなどの人工物で代用できない骨が二つあり、それが、蝶形骨と仙骨だという。仙骨の動きは、脳脊髄液を循環させ、脳や神経に栄養を与えるポンプの役割をする。
仙骨の状態が生命エネルギーを司っているのだ。


生まれたときに最初に動く骨が仙骨だという。そして、最後に動く骨も。


*    *    *


(うわーーーっ こんなこと書いとったーーー) と思うことが山盛り。


自分の本質にしても、原動力となるものにしても、


(前から、わかっとったんちゃうんか)


とツッコミどころも満載で、頭が痛くなる。


何年も前に「泉」の在りかを教えてくれていた、はるみちゃん。
自分のどこに泉があるのかに気づいたはずのロルフィング。


(うーーーーーーーーーーーーーーーーーん……)


あらためて。

本当の意味で「受けとる」ことや、「気づく」ことは、簡単ではないのだとわかった。
そして、たとえ、「知って」いても、それを「使っていく」ことは、まったく別の力を必要とする。


紀さんのセッションが視せてくれたのは、私に、 「知っている」ものを「どう使っていくのか」「動かしていくのか」というヴィジョン だった。
それは、「知っている」こととは、まったく次元が違うのだ。

同じようでいて。ぜんぜん。


*    *    *


それにしても。
ロルフィングやクラニオセイクラルワークでならともかく、ピアノのヒーリングで、音がしそうなくらい動いた仙骨の感覚。


仙骨はミラクルな骨。


浜田えみな


お知らせ


有本 紀さんのピアノは、すごいです。
関西でも、有本 紀さんの演奏を受ける機会が山盛りです。詳しくはブログやフェイスブックに随時、掲載されています。


次回、浜田が出没するのは、同じくCafé NAKAOで開催される、佐藤直哉さん主催の「屋久杉玉磨きとクリスタルボウルなーやwith有本紀」のイベントです。


「屋久杉玉を磨く」……この言葉から私が想像したのは……


千年以上、この地上で天からの光や、雨や、風の声を聴き、大地とつながってきた屋久杉に触れ、てのひらでぬくもりを感じ、その年輪をたどり、木の中に宿る宇宙と深く同化していく……


というイメージ。

磨くのは、


屋久島の奥岳から流れ、浜に打ち上げられた屋久杉の流木のかけら


だと書いてあったので、そのかけらを手の中に包み込んだだけで、打ち寄せる波のように、いろんな波動がやってくるような気がして、いてもたってもいられなくなり、申しこみをしました。


そして、この日のゲストとして名前のあがっていた紀さんのことが気になり、リンクされていたウェブサイトに行くと、こんな表記がありました。


(愛の周波数 528Hz!!)


昨年6月、マドモアゼル・愛先生の講座を受け、浜田家にもある528Hzチューナーに共振するという、その音色……。





(すごい……)


ユーチューブから聴こえる音だけでも、その波動は伝わってきました。


(絶対、ライブで聴いてみたい!)


ところが、紀さんのウェブサイトには、大勢の人に供されるコンサートだけでなく、まったく自分のためだけのパーソナルな演奏もしてくださるという個人セッションのことが書かれていたのです。
そして、そのCDをプレゼントしてくださるということまで。


(自分のためだけの演奏!)
(ライブだけでなく、自宅でも聴けるCDも手元に!)


それがどんなものであろうと、「自分のためだけ」というものに弱い浜田えみな。
あの素晴らしい音で、自分のためだけの調べを奏でてくださるなんて……。


(絶対に受けたい!)


と思い、北海道在住の紀さんに関西でセッションが受けられる日があるかどうかを問い合わせ、さまざまなイベントのための関西滞在の合間に、お時間を作っていただけることになり、場所や会場の調整をしてくださるのを待つことになりました。


そんな中で、ハープ奏者のえりんさんとも出逢い、御縁があって、二人でセッションを受けるために訪れた雪の日の箕面。


それが、屋久杉玉磨きが開催される Café NAKAO でした。


来月また、くるみちゃんに会えるのが楽しみです。

えりんちゃんと私のキーワードは、「弱気になったら、くるみちゃんを思い出せ!」です(笑)




くるみちゃんの名前の由来は、庭に大きなクルミの木がある、扶美さんが大好きだった叔母様の家で生まれたことと、赤ちゃんの時はクルミ色だったからだそうです。

毎年贈られてくるクルミとくるみちゃん。




扶美さんのごはんとお茶も飲みたいです。

屋久杉玉と、佐藤直哉さんのクリスタルボウルと有本紀さんのピアノが魅せてくれるであろうヴィジョンも。

まだ、残席あるそうです。
このほかにも、3月は関西でかなりイベントに出演されるので、要チェックです。

あなたに、今、必要な気づきのためのピアノヒーリング。


(Café NAKAOさんと、くるみちゃんの画像は、扶美さんからお借りしました)


有本紀さんのウェブサイト → ★★★