18になる一月前。
あの日は、梅と桜の同時開花の、異常気象だったけれど、人が旅立つのには、豪華絢爛な陽気だった。

30年前の今日、父が亡くなった日。

絢爛豪華な花吹雪の中を、都内の病院から自宅へ搬送した。
母は何年も桜を見るのが辛かったそうだが、私は、搬送する父の遺体を、花吹雪の中で送って上げられてよかったと思っていた。
仕事に恋にと、破天荒で華やかな父の旅立ちに、これ以上はない舞台だと、車窓を眺めていた。

父は所用あって上京して、上野駅で倒れて脳死状態に至った。
最初の搬送先での診断ミスによる処置の遅れ。
転院した時には、脳死状態だった。
心臓が停まるまでの間に、こなし、処理すべき会社のあれこれがあった。
延命措置は、業務だった。
そうした事実を前に、私は、父の死と向き合い、これからへの腹が据わっていった。
入学式や新学期が始まる前で、あれこれ学生としては準備もあり、病院から一時帰宅して、風呂に入っている昼下がり、風呂場の電気が点滅した。
替え時かなと思う反面、父に何かあったかとも思った。
後者が正解だった。
電話が鳴り、呼び戻された。
臨終の際には間に合わなかった。
嗚咽する見舞客の様子は、テレビの一シーンのようで、感情移入はなかった。
一筋涙が伝ったが、瞬後、葬式の手配だと、社員に連絡を取った。
それからは、頭の悪いタカリ屋のような町内会の連中の、余計な世話の介入に睨みを利かし、葬儀の手筈と算盤勘定と、弔問客算出に忙殺され、葬儀屋丸投げの社葬の方が良かったろうと、善意の人の母を恨んだ。
泣いていれば良い母と弟を横目に、サクサク仕事を進める私を、冷淡だと陰口を叩く者もいたが、構っていられない。

葬儀は、遺族の気概の象徴なのだ。

故人を立派にあたたかく、滞り無く旅立たせる舞台を用意出来るか否かで、遺族の、商売のその後が値踏みされる。

「お嬢。後はやりましょう」

学生服を着て踏ん張る小娘に、駆け付けて様子を見てくれていた、父と懇意の社長が差配を買って出てくれた。
色々な意味で睨みの効く人だったので、下衆な町内会の連中を葬儀から締め出すには都合が良かった。
寺を抑え、葬儀の進行から花輪の手配、弔辞と答礼、駐車場の整理まで、この一社で仕切ってくれた。
心から感謝している。

無事に鳩まで飛んだ(葬儀委員長をやって下さった社長の娘さんが、父の為に鳩飛ばすと泣いて譲らなかったそうだが、鳩が飛んだ時、貧血で白黒反転していた私の目には、黒い鳩さんだったと云うw)葬儀が終わって、町内会の会長と会計が、精進落としで酔っ払ったのか、赤い顔して会計処理を持って来て、使途不明金を幾つか発見して指摘するとヘラヘラするので、亡くなった父同様の怒声を上げて、黒檀のテーブルを叩いたら、赤ら顔から一気に青ざめて、震え上がったのが愉快だった。


女子供だからって舐められてたまるか


そう刻まれた機会だったが、同時に、小娘の背中に負った重荷を知って、様々に示唆してくれる人達もたくさんいた。
感謝を向けられる人がたくさんいたことで、99%男の業界であった、やさぐれているは、汚泥まみれだわの手形割引の当時の世界からスタートしても、私は女性らしさを棄てないで済んだのだろう。

学び続けること
謙虚であること
感謝すること

そのことで、守られ、引き立てられ、得られた知恵と力。

父亡き自分でも、父親代わりの人達がたくさん出来た。
根源的寂寥感は別だが、父親不在を淋しいと思わずにいられるくらい、立派な紳士達が盾となってくれていた。

何割かでも返したい恩。

でも、彼等は受け取らない。

「私たちに感謝してくれるなら、同じように困っている人に手を差し伸べて上げなさい。その人が救われたなら、私たちが君に助力したことは無駄ではないと、誇らしく思えることだから」

大きな人達だ。

亡くなった父や、そんな人達に見せられる今だろうかと、不甲斐ない自分に涙する。
今年の春は、晴れやかに迎えたいと、忍んで忍んでいたことがあった。
今年こそはと。

お父さん、ごめんなさい。
私たちに気遣いながら、志半ばで逝った人にも、顔向けが出来ない。

ごめんなさい。
ごめんなさい。

こんな春を迎える筈では無かった。

晴らそう。
この屈辱は。
私を取り戻そう。

そう刻む一日にしよう。
来年は利子つけて、晴れやかな日にしよう。
そして思う。
来世は、また、両親の子供で生まれたい。
その時は、父が望んでくれたように、男として生まれてこよう。

父性愛を体現してみたい。

そう努力できる男に生まれてみたい。

「日本は二枚舌」=河野談話検証を批判-韓国外務省

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014022801039

ツッコミのタイミングを提供する日本の政治家も、その火消しもままならない官僚も、給料泥棒と誹るに暇がないが、中国や韓国の発する日本バッシングは、ゴロツキより程度が低い悪口雑言が多い。


「おまえのカーチャン、デーベソ!」


と、言われたら、


「セクハラです」


と、ハエ叩きするように小気味良く返す政治家や官僚はいないのか?

安い喧嘩を買う必要はないが、許容範囲を越えた難癖を看過して、周囲に誤解されて孤立無援にされるくらいなら、売られた喧嘩の買い時を見誤っていると言う事で、国際政治という戦場で戦える人間がいないと言う事で、あかんやろーな状態な訳ですな。


維新は国内にばかり目が行きやすいが、彼らは欧米列強の脅威に如何に戦うかでも、国を挙げて戦っていた。

島国日本の鎖国時代に、外交戦争もやっていたのだ。

情報が駆け巡り、人が拡散したこの現代で、仕事していると評価の出来る人間が、何人いるだろうか。


と、永田町を見てしまう。

レッドクロスを晩餐に~赤十字を掲げるレストラン~|ルチアーノショーで働くスタッフのブログ
http://ameblo.jp/lucianoshow/entry-11766340828.html

この記事をシェアさせて頂いた時に添えた私の文章に、お礼のメッセージを添えて届けて頂いた、ゴージャスなフラワーアレンジメント!

ご宴会が始まっている時でしたので、

アワワワワε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘

と、受け取り、何故何故とメッセージを、ご宴会の合間に開いて、更に、

アワワワワヽ( ̄д ̄;)ノ=3=3=3

と、恐縮至極。
スゴイ!
ホテルの支配人や、バブル期の才長けたレストランの支配人からは、こちらが何気無く添えた言葉に、「感激しました」「スタッフの励みになりました」と、メッセージを添えて、お花やお菓子を頂いたことはありましたが、Facebookで私自身3.11を振り返って呟きのように添えた言葉に、まだ縁のない相手にお花を贈って下さるその気持ちに、久し振りに強烈で鮮烈な風を頂きました!
この感動を御礼に変えて、お伺いせねば!

LucianoShow【ルチアーノショー】
https://www.facebook.com/LucianoShowJP

以前から行くタイミングを計っていたお店です。
ご縁を差し伸べて頂きました。
このご縁をエスコートと受け止め、お邪魔させて頂こうと思います。

「文章の力って、スゴイですね」

パティシエせっちゃんが、お花をしみじみ眺めながら呟きました。
彼女は、女性パティシエとしては、星付きのレストランばかり歩いてきた稀有なパティシエです。
レストランの裏側を知っています。
その人達が花を贈るのが、どの位のポテンシャルか、熟知している人です。
改めて嬉しく思いましたと同時に、文章は言葉です。心を添えた、体温の有無は、字面からでも伝わります。
私は、記事の書きぶりの軽妙さの裏にある心意気とプライドと、それに裏打ちされた誠のホスピタリティを見た心持ちで、シェアさせて頂きましたし、気持ちを添えさせて頂きました。

文章は、ただの文字の羅列ではない。
心を添えた言の葉なのだ。

その事を、居住まいを正して自戒と認識を改めさせて頂けたことに、心から感謝したいと思います。
ありがとうございました。
そして、必ずお邪魔します!








さて。一緒に葉巻を吸って下さる紳士2人にアテはあるが、忙殺されておられる時期。
さてさて。
ドレスアップに見合うは、イコール、エスコート頂かねば格好がつかないレストラン。
さて、大変だw
あ。
ドレス着て伺いたいから、ちと背中の肉絞らねばw
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ふと、冷蔵庫の野菜室を見ると、ピーマンがくたびれていた;^_^A
あかんやんと、ベーコンやらしめじにありもの野菜を用意し、ニンニク、鷹の爪、アンチョビを下火にかけて、後は炒めるだけ。
うーん。
炒め物を一日の内に二回作るとは。
味見程度で、後は賄いに持って行こうかw
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ニンニク、鷹の爪、ピーマン、キノコ類とベーコンは、比較的常備してあるので、炒め飯やパスタ、おつまみやはすぐ出来る。
忙しいと、家ではその程度ですなー;^_^A
後は鍋か、豆を炊いているだけの、非常に田舎な生活であるw

仕事始めて一人暮らしと実家暮らし、どちらも経験がありますが、実家暮らしは肥ります。
あれ食えこれ食え、私の肝臓を脂肪肝にする気か!ってくらい、手まめな母なので、子供の肥満は親の責任との定説通りだったわねとw
食わないと不機嫌になって逆ギレするし、年取ると大人気ないw
有難いのですけれどね。
いつまでも子供でいさせてくれるから。

でも、限度があるんぢゃい。
肥ると服代がかかるんぢゃい。

ってことで、食生活は限りなくストイックになりました。
だから夏場でも鍋食べるw
そうしませんと、ご接待をして頂くのを断り続けるのも不遜なので、お受けしては肥えるという、悲惨な目に遭う。

ので、自宅では、もっぱら野菜とワカメが主食です。
たまに、クライアント先やお店にお弁当持って行っては、そんな中身を見られるので、私は食べない人のように思われるが、食べる時は、肉300g位、平気。
アレルギーもオールレッドなので、何で反応起こすか分からないから、身体が求めたものを口にしようと心得て、栄養素の最低必須分で過ごす。

身体が出来上がっている大人だから出来ることですが、成長期のお子さんはそうはいかない。
栄養豊富に豊かな食卓にしないとね。
カロリーは抑えて品数揃える。
何故なら、子供時代に食卓が貧相な家庭の子供程、アレルギー発症比率が高いそうです。
バランスが悪い上に、アレルギーが発症し易い食物分類の摂取が多いからってことを確認すると、成る程。
栄誉バランス満点な子供時代を過ごさせて貰ったのに、オールレッドとはこれ如何にとドクターに尋ねたら、環境汚染や環境ホルモンの蓄積や、女性ならではのホルモンバランスの変移などで、致し方のない時代なのだそう。

「親御さんは、マメな人じゃなかった?」
「はい。迷惑な位にバランス重視で食卓埋めてくれてました」
「だから、何かに吐出して、日常から治療を要するほど、酷いアレルギー反応出てないでしょ? 親御さんに感謝しなさいね。それで済んでいるのは、親御さんの努力の賜物なんだから」

こう見えて、生まれた時から病弱で虚弱体質で、迷惑ばかりかけていたのに、辛うじて三途の川を渡らなかったのは、そうした日常の積み重ねなんだなーと、しみじみした。
そうした自覚はあったので、結婚したら旦那の健康管理は私の仕事と頑張った。
か、相手が飲食の人だったので、結婚してから半年、朝ごはんにお弁当と、甲斐甲斐しくしていたら、

「すいません。太りました。試食があるので、作らなくて大丈夫です」

と、頭を下げて断られたw
オフィスワーカーでも、試食はある。
何故ならバイヤーだったからw

まあ、旦那さんに果たせなかったことは、ハルにやってあげようと、食事はせっちゃんと母がいるので心配はないが、甘いものを見繕ってあげた。
白砂糖を多用する洋菓子は、幼児からでは早過ぎるので、離乳食から水羊羹だのぜんざいをこさえては、せっせと食べさせたので、彼は二歳の頃には一端の舌が餡子には出来上がっていて、大概の安い市販品はベーッと吐くので魂消たもんであるΣ(゚д゚lll)。
おまけに「マズイ」と発言するので、外食はドキドキである;^_^A
彼の許容範囲は、とらややたねやであるw

親が子供の将来に責任を持つのは、勉強や習い事以上に、健康の担保を作ることであろうと思う。
そして食卓の豊かさのそれは、家庭の外に出た時のマナーの是非に関わるのだ。
単品食いをする子供は、どう親が取り繕っても、栄養が偏る。

時間がないなら鍋にしろ。

私の持論と、親しいドクター達も、同意見であったw

TBS 報道の魂
記者たちの眼差し 12・8開戦の日に
{98D82D88-8B83-4DBF-ABC1-2553174F630E:01}


誰かは誰かの親で

誰かは誰かの子供で孫で

誰かは誰かの友垣で

誰かは誰かの愛しい人で

誰かは誰かの大切な人


何故、天を仰いで慟哭する憎悪を

何故、地に爪を立てて声を枯らす悲嘆を

何故、人間は繰り返すのか


国を護って命を賭した英霊


ほんとうの心は


大切な人を、

大切な人がいる風景を護りたい


そう思う、心優しい、当たり前に街中にいた、ただの人達に過ぎない。


誰かは誰かの大切な人


その大切な人を、死地に赴くよう仕向ける時代は終えよう。


軍事力による戦争は、日本には久しくない。

小さな島国の、多大なる犠牲の元に与えられた穏やかな時間。

でも、世界は貧困と搾取と暴力に満ちている。


誰かは誰かの大切な人


そう、心に刻もう。

そうしたら、命の尊厳が、軽くないと戒めるだろう。


人間の醜い時間を、再び産んではいけないのだ。