次の夏休みにもマイケルは帰らなかった。
アメリカ観光客のガイドをしている。4番目の夫は一流ホテルのシェフだった人で、ホテルのマネージャーからの話を紹介してくれたらしい。
キアラの夫たちは、マイケルにとっては必要不可欠。3番目の夫の話で将来の夢を決めたと、私の手紙に書いてきた。
それで、私はイタリアトマトを育てている。
マージがほめてくれて「これなら売れる」と、保証してくれた唯一の料理、トマトソースのために。
マイケルは医者を目指す決心をしたのだ。
そのためには、お金がいる。私は、トマトソースを町のレストランに売ろうと、考えた。売れなくても我が家とマージで使えばいい。
それよりも、問題はバドだ。
マイケルの決意を知ったら、バドはどうなるか。
マージは言う。
「チャーリーには、『いずれ、ここの良さがわかるさ。外国に行って、故郷が一番だと気付いたというだろう』って、よく言ってるらしい。」
「父さんは、私が農家に向いてるって誉めてくれるのに、やっぱりマイケルなの。」
キャロラインが、口をとがらす。
「マイケルが、農家をしないって理解はしているのよ。ただ、納得できないのね。後一年、あるわ。バドに言うタイミングが、大事。タイミングきたら、母さんから。それとなく・・。」
女3人の秘密会議の結論は、タイミングだった。
そのタイミングは4か月後、最悪の時に訪れた。
キャロラインが、泣きながら叫んだ。
「農場は、私が継がなくちゃいけないんだよ。マイケルはお医者さんになるつもりなんだから!」
「マイケルが何になろうが、かまわない!それより、おまえは家から出さない!学校の行きかえりは、母さんがする。いいか、外出禁止だぞ。」
バドは、怒りながら納屋に行ってしまった。
とりあえずマイケルのことは解決したのね。でも・・。
キャロラインは、「農場も手伝うな。畑も出るな。もう、おまえに農場はまかせない」と怒鳴るバドに、つい反論してしまったのだ。
「どうしよう、母さん」と抱きついてきたキャロラインの心配は、兄の秘密を言ってしまったことではない。
「もう、会えなくなる。」彼女は恋をしているのだ。
ハイスクールの同級生で、牛クラブの仲間のそばかすの少年。
もちろん、私は前から、この恋を知っていた。キャロラインがスカートを欲しがり、髪を結ばなくなったのだから、気付かないほうがおかしい。
バドは、急にきれいになった娘に、顔がほころんでいるだけだったが。
相手の男の子が誰かは、マージに聞いたらすぐわかった。我が家の周辺に秘密はない。車で送ってくるところを何度かみたことがあるらしい。たぶん、双眼鏡で。
「それで、チャーリーは、その男の子のことなんて言っているの?」
実はチャーリーが、町で一番の情報通と、私は思っている。チャーリーは何も言わないのに、誰もが彼に噂話をしてしまうのだ。
「だめよ、あの人。キャロラインの彼っていうだけで、悪口言い放題なんだから。うちに女の子がいないから、キャロラインのこと娘みたく思っているのよ。」
それで、私はボーイフレンドに会うことにした。
バドが留守のダイニングで、男の子は緊張している。
私の審査基準は、パウロなのかロバートなのかだけ。
でも、16歳になったばかりの子にその基準はあてはめられない。ただ、はっきりわかったのはバドではないということ。
女の子を抑圧しない。
今はそれで、十分だわ。と頭の中のロバートに言う。
男の子自身に不満はなかった。ただ、彼の家に問題がある。彼は、マット・ミラー、ミラー家の2番目の息子なのだ。
バドとミラーは、犬猿の仲で有名だ。離農地の競り合いが最初で、教会の理事長選挙、優良農家争いなど、競争では必ずライバルなのだ。
バドに知れたら一大事。娘のボーイフレンドに対する単なる苦々しさとは、比べ物にならないくらいの衝撃になる。だから、重要機密にしていたのだが・・・。
それがこの日、バドは町でミラーから怒鳴られて、知ることになった。
「息子を誘惑するなと、娘に言っとけ!」
初め何を言われているかわからず、やっと意味を理解したときは、相手はトラックで去っていた。
帰るなり、バドはキャロラインを、問いただしたのだ。
「これじゃ、ロミオとジュリエットだわ。どうしよう、母さん」
涙が止まらないキャロラインの肩を抱いて、私は誓った。
「あなたをジュリエットにしない。私も決して、ジュリママにはならないわ。」
ジュリエットと聞いて、なぜか胸の奥がチクリとしたのだ。昔?・・違う世界で?・・ジュリエットのママだったような・・・。まさか!
だが、バドは間違いなくジュリパパだったに違いない。キャロラインは、クラブも禁止され、放課後はまっすぐ帰宅することにされた。
そればかりではない。問題発覚10日後には、牧師さんに頼まれ、ほぼ毎日、教会のボランティアをキャロラインにさせることを決めてきた.
「これで母さんが留守でも、キャロラインは安心だ。そうだろうフラニー。」
私はバドに、ほ・ほ・笑んだ。
次の日曜日、みじめな顔のキャロラインを、引きずるようにして、家族で教会に行った。
教会は普段の日曜日より、たくさんの人がいた。ゲストとお知らせがあることを、牧師さんは事前に告知していたから。
お知らせは、もちろんキャロラインの奉仕活動だと、バドは鼻高々だった。
「私の説教の代わりに、今日はゲストにお話ししていただきます。」
牧師さんの紹介で、登場したのは、片手のない男ボブ・ハンセンだった。彼の妻が横に控える。
彼は、とつとつと語り始めた。
絶望で自殺しようとして片手を無くしたこと。バドたちに、家族の面倒も銀行などの交渉もすべて、世話になって、再び生きる希望を持てたこと。
「それで、街に出たが、この手だ。自分のせいだとはいえ仕事なんてなかった・・・」
その時、ミラーが大学近くの文房具屋の仕事を世話してくれたそうだ。
「70過ぎの叔父さんがしているから、助けてあげてくれって・・・」
片手が無くてもできると、最近は自信ができたと言う。
「それで、この前、おやじさんが、店をまかせるって言ってくれて・・・、本当に、この町の人たちに感謝している。ありがとう・・・」
ボブはみんなの拍手を浴びた。彼の妻はハンカチを目に押しあてていた。
その横で牧師がしめくくった。
「隣人愛の見事な手本です。私はこの町を誇りに思います。その代表とも言える、ジョンソンさんとミラーさんに拍手を!お二人どうぞ前へ。」
二人は作り笑顔で握手し、つないだままの手を挙げて、拍手に応えた。
「さらに、お二人は、教会の奉仕活動要請に、高校生のお子さんをと応じてくれました。家の手伝いは二の次で、教会の仕事を毎日でもと言ってくれています。マット、キャロラインこちらへ。」
若い二人は、牧師の前に飛んで出た。
教会は大きな拍手に包まれた。
幸せそうな若い二人と、ひきつった笑顔の中年の男ふたりを、町の人たちは祝福した。
みんな知っていたのだ。この町のロミオとジュリエットを!この町に秘密はない。
次の日、マージが、ケーキを持って訪ねてきた。
コーヒーを飲みながら、マージがガッツポーズをする。
「やったわね、フラニー!全部、あなたが仕組んだんでしょう。私がハンセンさんの仕事先を教えたとき、ニヤッとしたもの。」
「そんな!牧師さんにハンセンさんに話をしてもらったらと提案しただけ。後は、二人の暇な高校生がいると教えたくらいよ」
「あなた、変わったわね。なんか策略家になった。」
私は、ほほ笑んでケーキを頬張る。
ねえ、ロバート!人物を撮る時はカメラを縦にして、近づくのよね。
放課後は真っすぐ帰宅の命令通りの最初の日、私は高校に迎えに行ったの。キャロラインは、彼と一緒に待っていて、頼まれた。これから、学校以外で会えなくなるから、写真を撮ってほしいと。
ロバート、マットのカメラを、あなたが言ったとおりにしてフレームを覗いたら、泣き笑いの恋人たちの背景は空だけ・・・。それで気付いたの。フレームの外は学校でも教会でもかまわないと。
牧師さんを訪ねて相談したら、牧師さんも教会の理事二人の不仲に悩まされていたので、一緒に計画を練ったのよ。
私はロバートに、陰謀を打ち明けた。
ナショナルジオグラフィックの最新号では、アジアの棚田がロバートの写真だった。青い空を水に映し、青い空まで続いている山の大階段。
ロバートの写真はいつも美しい。その美しさより、彼が元気に、この写真を撮っていると思うと、胸が熱くなる。
それから、キャロラインは彼の車で教会に通い、帰りにバドと私に挨拶するようになり、我が家のダイニングで揃ってお茶をするようになり、二人でバドの畑の手伝いをするようになり・・、結局、交際は許された。