そして、今日、お茶に呼ばれて、マージの家を訪れた。
彼女が自慢のケーキとコーヒーを用意しているとき、テーブルの上の雑誌を手に取った。
そして、巻頭のページから目が離せなくなった。
それは、ロケットが飛び出す写真だ。まっ平の地面から飛び出し、たくさんの白い煙を出して、青い空を切り裂こうとしているロケットの写真。
『撮影 ロバート・キンケイド』と片隅にあった。
ロバート!ロバート!
デモインのコーヒーショップでロケットのまねをしたのが、目に浮かぶ。彼はロケットを撮ったことがあったのね。
「あらフラニー、いいことあった?久しぶりに目が笑っている。このごろは口しか笑っていなかったけれど」
マージは、優しく微笑んだ。上手くいったわと満足気な様子で。
彼女は知っているのだ。私の禁じられた愛を。それを批難しないで、私を気遣ってくれている。
あの日、バスケットを持ってきてくれたのも、子供たちの夕食の世話をしてくれてバドと話すことにうなずいたのも、すべてを知っていたからだ。たぶん、双眼鏡で我が家を見ていたと思う。
そして、今日はこの雑誌を私に見せたくで呼んだに違いない。
「マージ、ありがとう」
思わず言ったら、彼女は雑誌に目を向ける。
「えっ、それが気に入ったのね。よかったらあげる。チャーリーが、買ってきたけど、お目当ての記事は読んだから。」
私は、雑誌を胸に抱いた。
「ありがとう、嬉しいわ。これもだけれど・・・、私を見捨てないでいてくれて。」
マージは私の手を取った。
「あなたは、何があっても家族のために頑張ると、私が一番知っているもの。元気だしてね。」
マージの家を出るとき、私は彼女の期待通り元気になっていた。
バドに話しをしよう。
子供たちを連れて、イタリアに帰ると。
マイケルを飛び立たせるのだ。ロケットのように。
いえ、私が飛び立つのだ。バドの囲いの中から。
ロバートの写真が、私をロケットにする。ロバートは私の中で、私を愛し続けてくれている。
その夜、バドに「子供たちを連れて、ナポリに帰りたい」と言った。
それは、相談ではなく、宣言だった。
バドは、反対した。「金がない」が一番の理由だったが、私はぎりぎりだが旅費が間に合うことを知っていた。農場の帳簿は私がつけていたから。
でも、バドは譲らない。なんでも夫の言う通りにした妻の反乱に戸惑っていたのかもしれない。
話を切り出してから3日目、バドが怒りに任せていった言葉に、私は傷ついた。
「キアラのような女に、子供たちを会わせるわけにはいかない!あんな、あばずれに!」
バドを避けて、一人、ポーチに出た。星がきれいだった。ロバートと青いトラックから見上げた星空を思い出す。
私は、負けないわ、ロバート!マイケルのために。
「母さん、母さん、どこいるの!」
キャロラインが、ドアを開けて、駆け込んできた。半分泣き顔で、私にしがみついた。
「どこかに、行ってしまったかと思った」
「なぜ、そんなこと思うの?」
「だって、母さん、イタリアに行きたいんでしょう。それで、父さんと喧嘩してるんでしょう」
バドと私は、子供たちの前でイタリア旅行のことは、話していないつもりだったが、キャロラインは気が付いていた。
「ええ、3人で行けるように、頼んでいるのよ」
キャロラインの顔が明るくなる。彼女は私が、ひとりでナポリに帰ると、思っていたらしい。
「帰ったら、そのままナポリに住むのかもしれないと・・・」
「どうして、そんなこと思ったの」
キャロラインの心配は大会から帰ってきた時から、始まったらしい。
「母さん、よそ行きのワンピースを着ていたから・・・。ご飯も用意してなかった。そんなこと、母さんらしくないもの」
娘は、私の変化に悩んでいたのだ。
「ラザニアを食べながら、マージに聞いたら、『みんなと久しぶりに会うので、おしゃれしたんでしょう』って言ったけれど・・・。マイケルは『そんな見え透いたことで、ご機嫌とって!』って怒って、父さんは、きれいな母さんを見て、嬉しそうにしていたけれど・・・」
「そうよ。その通りよ。でも暑さにやられて、お料理できなかったけどね」
あの時、私は着替えることさえ忘れていた。心が張り裂けて、痛みしかなかった。でも、これでバドが、いつも以上にベタベタしたのは、ワンピース姿を勘違いしたせいだったのがわかった。
キャロラインは、もっと深い悩みを私に打ち明けた。
「マイケルが、どっか行きそうなのが怖くて、父さんに注意してほしかった。それで、マイケルのこと言いつけてたの。マイケルにも、父さんがとっても怒ってるって教えたのは、怖がって父さんの言うこと聞くと思ったから。なのに・・・。二人は喧嘩ばかり・・・私のせいで、喧嘩ばかり・・・。私が悪いのよ。だから、母さん、こんな家、いやになって、私のことも嫌いになって・・・イタリアに帰ってしまうと・・・」
可哀そうなキャロライン。家族のみんなを気遣い、自分のせいにしていたのね。ごめんなさい、母さん、気付かなくて。あの、アイスクリームを食べる前に言っていたのは、そういうことだったのね。それを「雰囲気を悪くしないで」って我慢を強いたわ。
母さんは、あなたが大好きよ。
キャロラインは、椅子に座った私のひざに、頭をのせている。私は娘の髪を撫でながら、ロバートのことばを思い出した。
「女の子は、抑圧されている」
私は子供たちの中のマイケルばかり、気にしていた。キャロラインが普段と違うと思っていても、あまり考えなかった。男の子の将来に強い関心はあっても、娘には、それほどなかったのだ。どうせ、結婚するからと。
こんなに家の仕事も頑張っているのに、こんなに家族を思っているのに。女の子なら当たり前と思っていたのだ。
いじらしくて、たまらない。
その夜、二人でたくさん話した。イタリア旅行の計画も話した。
「私が残るわ。父さんは、3人で行ったら、誰も帰ってこないかもって、心配してるのよ。」
キャロラインは、真剣だ。
「母さん、ホームシックでしょ。でも、ひとりでも、子供が残ったら、母さんが戻ってくるって安心する。マイケルは、あんなだから、行かなきゃいけないし・・・私、残る。雄牛の世話もあるし」
キャロラインは、私にほほ笑んで、恥ずかしそうに付け足した。
「その代わり、私、ずっと母さんと暮らすから。イタリアから帰ってきたら、ずっと。」
そして、また私の膝に顔を埋める。
ええ、ずっと暮らしましょう。母さんは、あなたを守るわ。
なのに・・・ロバートへの電話番号がいつも、頭にある。
星がまたたいた。
「女の子は抑圧されがちだ。応援が必要だ」
ロバートの声が聞こえる。彼もこの空を見ているような気がした。