あの子の街(クラブセブン)8 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

「ねえ、パック!お願いがあるの」

山に見とれていたパックは服をひっぱられました。もう、声をかけられても驚きません。今、この街は奇跡の起きる街になっているようです。

でも、パックを見上げている子は小さな男の子。こんな夕暮れにひとりです。



「なあに?僕の名前をどうして知ってるの?」

男の子は嬉しそうに言いました。

「僕、パックのビデオ、何回も観たの。パック大好き!」

パックに抱きつきました。

「僕、大きくなったらパックになりたかったんだけど・・・。ストーンヘッジで生まれなくちゃ妖精になれないんだってわかったから・・・」

「うん、そうだよ。それで君は何になるの?」

「宝塚に入るの」

「男の子は入れないよ」

「ママもそう言ったけれど、僕、薔薇組つくるの。男の子の組!天国でつくる!」

「天国?。君・・・もしかして」

「死んだんだよ。学校から逃げるとき、大きな波がきて」



パックは膝まづいて、男の子を抱きしめました。

「怖かっただろうね」

「そんときはね。でも、皆とすぐ、天国に行ったから、もう怖くない。それより・・・ママが心配なんだ。ほら、あそこにいるでしょう。僕、あそこまで流されたの」



男の子は下を見下ろすと指差しました。丘の中腹に男女がいます。

タキシードとドレス姿の。

「なんで、ドレス着てるんだろう」

「僕が、いつも言ってたの。居間に飾っているパパとママの結婚式写真がね、宝塚みたい!僕に着て見せてって!ママはいつも『いつかね』って言って、パパは『勘弁してくれ』だったけど」

「それで、パパたちは君にみせるために、君の見つかった場所に・・・」

「僕が、工作でつくったシャンシャンも持っているでしょう。僕、見られるのは嬉しいけれど・・・。ママはおかしいの。笑わないし、泣かない。『私があの時、迎えに行っていればって』言うだけ。僕が生きていた時にねだったことを全部するの・・・。ほとんど食べないで、寝ないで」

「ママが心配なんだ・・・」

「うん・・・。ママはパックが大好きだから、パックが見えると思う。ねえ、ママに教えて。僕はいつもそばにいるよって」



二人は、公園を降りてその小さな山に行きました。

ママは大層、綺麗でした。でも、表情もなく、地面の一点を見つめています。パパは泣いていました。ママのことも心配でしたが、パパは自分の悲しみで精いっぱいの様子でした。泣かないママに、気丈な人だと頼っているようでした。



ママはパックがわかるでしょうか。心配していましたが、近づくとママは顔をあげて、つぶやきました。

「パック・・・。あなたはパック・・・」

「僕はパック。あなたの坊やに頼まれてきました」

「私のぼうや!助けてあげられなかった、ぼうや。ママを恨んでいるでしょう。どうして来てくれなかったのって」

「いいえ、皆と一緒でさびしくないそうです。それより・・・パパとママが大階段を下りるのをみたいそうです。もちろん歌いながら。坊やは天国で薔薇組に入るそうですよ」

「薔薇組。あの子は大きくなってしまうの。天国では、いつまでも1年生でいてくれないの」

「たぶん、一番、素敵な歳になって暮らすんじゃないかな」

パックは、うろ覚えに言いました。そんなことをオベロン様から聞いた気がしたのです。

でも、この答えにママは傷つきました。

「大きくなったら、ぼうやがわからなくなる。死んだら会えると思っていたのに」

顔色が真っ青になりました。そして、叫びました。それは絶叫でした。

「早く、死ななければ・・・。坊やに会えない。死にたい!」



「ママ」

パパと男の子が同時に叫びました。パパにはパックの声は聞こえません。でもママの言葉で、この時、初めて気付きました。ママの方が何倍も打ちのめされていたことに。そう言えば食べている姿も、寝ている所も最近、みていない・・・。

男の子は叫びました。

「今、大人の僕になるから。神様にお願いしてなるから。友達と一緒になるから。きっとママは僕を見つけるよ」



「どうか、シャンシャンを持って、歌って下さい。そして薔薇組を紹介してください。坊やが踊るそうです。大きくなった姿で」

パックは男の子の叫びを伝えます

「私に見えるかしら?わかるかしら」

「きっと大丈夫」

パックは笑顔でうなづきました。



パパはママの奇妙な頼みごとを聞き入れました。

宝塚のように階段を下りてほしいと言う頼みを・・・。今までママを気遣ってやれなかったのです。ママの気のすむようにしようと。



二人は山の中腹の階段の上に左右から歩いてきました。

「すみれの花咲くころ~」歌いながら。

「ねえ、パック、きれいでしょう。ママ、きれいでしょう」

男の子は歓声をあげました。

とってもきれいです。

やがて、階段を下りたふたりのうち、パパが去って行きました。

そして、ママが言いました。

「皆さまに、新しい組を紹介します。薔薇組です」

夕暮れのうす暗さの中に、パッと明かりが射しました。

そこに、数人の男性が、タキシードの襟に手をかけて踊っていました。



なんというかっこよさでしょう。でも、やっぱり、男役さんたちの方が素敵かなとパックは考えていました。それにしても、どの人が、あのぼうやでしょう・・・・。

ママの声がします。

「あの子だわ、パック。一番左端の人よ。大人になった私のぼうやだわ」

ママは座り込んでしまいました。

それが、合図かのように男の人たちは消えてしまいました。



「ママ、大丈夫かい」

パパが駆け寄ってママを抱きしめます。

「あなた、ぼうやがわかったの。大人になってもあの子だった。あの子は、天国で大きくなって幸せに暮らすんだわ」



「そうです。そして、いつも、おふたりの側にいると言ってますよ」

「パック、ありがとう。今なら、そう、信じられる。あの子はここにいるのね。私の坊や!」

ママは泣きました。震災以来、初めて泣きました。

坊やがいない寂しさ。つらさ。

でも泣くことは許されないような気がしていたのです。助けてあげられなかった母に泣く資格は無い気がしていたのです。今は、声に出して泣くことができました。

泣くと、それまで封印していた悲しみが一気に噴き出ましたが、胸は軽くなりました。



ああ、また、歌が聞こえてきます。白い歌が・・・。海の上に歌っている人の姿が浮かびました。

白いドレスに金色の髪・・・。でもそれは。夕焼け雲のいたずらだったかもしれません。すぐに、空は暗くなってしまいましたから。続く