あの子の街(クラブセブン)7 | えみゆきのブログ

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涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

街は少しずつ変化し、人々は少しずつ暮らしを取り戻し始めました。

「ファイト!」「オー!」

高校生たちが、昼下がり、ランニングしています。部活動でしょう。コーチの後ろを二列になって、女子高生たちが白いTシャツ姿で走っています。

街の人たちが笑顔で見送っていました。中には「頑張れよ」と声をかける人もいます。

「ハ~イ」

と走りながら返事をする彼女たち。

ただ・・・、いつもと違うのは道の両脇はがれきの山ということでしょう。

それと、何か変です。

「なんてかっこしてるんだ」

パックの後ろで男の人が叫びました。

「ジャージの上に短パンはいてるぞ」



パックは激しく首を縦に振りました。そう、黒いジャージの上に赤い・・・あれは短パンじゃなくて、ブ、ブ、マー・・・?

「あんた、あれはブルマーって言うの。バレー女子のユニフォームだよ。もちろん、ジャージの上に履くもんじゃないけれど・・・。これには訳があるんだよ」

女の人が教えています。パックも耳をすませました。



「あの高校は県大会で優勝したんだよ。もう街中大騒ぎさ。なんせ、春の高校バレー全国大会に出られるんだよ。テレビに映るんだよ。皆、大喜びしたもんさ。毎日毎日、猛練習してたの、この街の人たちは、知ってたからね」

「それで、どうせ1回戦で負けたんだろう」

「それなら、どんなに良かったか・・・。中止になったんだよ。どの競技も全部中止!甲子園以外はね。おまけに・・・キャプテンの子が亡くなって・・・。兄弟と一緒に流されちまったんだよ」

「・・・そうか。それは・・・気の毒に」

「気を取り直して練習再開しようにも、高校の体育館は避難所にになってるし・・・。こんなときにバレーなんてしていいのかって思ったそうだよ」

「ああ、誰もがそう思う・・・。復興に直接、関係ないことは全部・・・そう思う」

男の人は下を向いてつぶやきました。

「それに、家を流された子、親を亡くした子もいてね、もう、今年はあきらめようとしたんだけど・・・。キャプテンが見つかった時、ユニフォームを・・・あのブルマーをしっかり握っていたんだって。それから、みんな、ああやって、ブルマーをいつも履いて、くじけちゃいけないと言い聞かせているそうだよ」



男の人は、もう、小さくなったバレー部の列に叫びました。

「がんばれよ!まけるなよ!俺たちがついてるぞ」

その声は届いたようです。列の最後の女の子が走りながら振り返って手を振っています。そしてパックに笑いかけたように見えました。



パックは、その女の子になんとなく惹かれて、後を追いました。

やがて高台の公園に着いたバレー部は、練習を始めました。

コーチは厳しく、部員たちは息を切らしながらボールに飛びついて行きます。



パックが気になっていた女の子は長い髪をふたつに縛り、大きな目をキラキラさせていました。

「あっ」

ボールがパックの方に飛んできました。思わず、パスしようとしましたが、ボールはパックの腕を通り過ぎて、地面を転がって行きました。

そうです。今のパックには、物に触ることができないし、姿も見えない・・・はずなのですが・・・。



「あら、すり抜けた!」

あの女の子がパックに話しかけました。ボールを拾いに来たようです。

「僕が見えるの」

「ええ、さあ『ダンゴ』。皆のところに帰してあげるわ」

女の子はボールを拾うと、仲間に放り投げました。

「ダンゴってボールのこと?ボールに名前がついているの」

女の子は少しの間、返事をしませんでした。高台から街を見つめます。いえ、壊れた街を。



「キャプテンのあだ名だったの。丸顔でおダンゴが好きで、名前が「たいこ」だったから、皆・・・、コーチもそう呼んでたの」

「その人・・・亡くなった人ですね」

「うん、あの日、ダンゴは弟が熱をだしていたので練習に出ないで早く帰ったのよ。地震の後、心配したダンゴのお姉さんが家に向かったそうだけど・・・。ダンゴと弟は、この前、見つかった・・・。でもお姉さんはまだ、行方不明・・・。コーチの婚約者だったのに」



長い顔を真っ赤にしながら、コーチは大声で指示をだしています。ちょと、厳しすぎると思っていましたが・・・

「コーチ・・・悲しいんでしょうね」

「そうだと思うの。でも、コーチが言ったわ。「ボールをダンゴと思おう。一緒に練習して、必ず全国大会に連れて行こうって」



女の子がそう言い終わった時、歌が聞こえてきました。

「苦しく立って~。悲しくたって~」

バレー部員が座り込んで歌っています。もう、体力は限界のようです。

「コートの中では平気なの~」

女の子も歌いながら、皆の所に戻っていきます。



コーチも歌い始めました。

「串に刺さったダンゴ~」

大切にボールを頭につけて、彼は別の歌を歌っています。真剣な顔をして一生懸命に歌っています。

「ダンゴ三兄弟~」きっと、婚約者の3人姉弟を想っているのでしょう。パックの目にはボールの反対側に男の子も見えてきました。コーチの心の中の姉、ボールのダンゴ、そして霊となった弟が串団子のように一列に揃っている・・・。

それにしてもまったく、別々の歌なのに、合っています。なんというハーモニーでしょう。

とっても、おかしくて、そして哀しい二重唱でしょう。


パックは笑いながら、涙が出てきました。



「さあ、戻るぞ!」

歌い終わった部員たちはコーチの声で立ちあがり、並びました。

でも、あの女の子は、パックに向かって、手を振りました。

「耳のとがった可愛い坊や、またね」



パックも手を振ります。でもなんと声をかけていいのかわかりません。「がんばって」はいえません。がんばっているから。「頑張らないでもいいよ」も言えません。こんなにがんばっているのに失礼です。

「またね」

パックはそう叫びました。女の子は嬉しそうに、もう一度手を振ります。



「ヴァルトシュッテンテン男爵夫人、遅れるな!」

「はい、『夜空に~』」

女の子は歌いながら、走って行きました。



あの子の名前は男爵夫人・・・なのでしょうか。



ひとり残ったパックは公園の片隅で街を、眺めました。

やはり、怒りや悲しみ、罪の意識はあの海の波のように何度も、人々の心を襲っているようです。

ずっとずっと消えない苦しみ。

パックは監督やコーチの顔を思い出しました。慰めでは届かない彼らの悲しみ、せつなさ、怒りヴァルトシュテッテン・・・。

でも、あの歌が聞こえてきました。共に苦しむ黒い歌が。山の中に黒い影があります。そこから歌は聞こえてくる・・・。

一瞬、その黒い影が人間に見えました。黒い髪に白い顔・・・。いえ、陽があたってきらめいた木の葉たちでしょう。

でもパックには、美しい女の人に見えました。目に光をたたえた女の人に・・・。続く