人はみんな潜在意識の中では、自分に100点をつけている。
上に乗っかっている小さな顕在意識としては100点とは言わないまでも、40点から時には80点をつけている。
これは比較によるものでもあると思う。
人の潜在意識は他人をそこまで確かに認識するのは難しいのではないかな?
自分しかいない世界・・・それが潜在意識ではないかと私は思うんだ。
だから100点が基準だ。100点で当たり前。自分が1だから、当然の点数だと思うのだ。
顕在意識はそれを受けて、たとえば40点を自己評価としていても、無意識である潜在意識は100点なので、チラチラと上がってくる意識を防ぐすべもなく、40点の背景は100点であるのだ。
40点・・・でも100点。それが真実だと思うのだ。
そして潜在意識は顕在意識がウソをつくことが大嫌いなので、葛藤が起こりストレスとなる。
「40点? バカな!100点だろうが!」ってなところである。
「私ってダメな人間だ」「どうしてできないんだろう」・・・なんてのは、100点のはずなのに40点だというギャップから起こる葛藤だと思う。
言いたいことは実はここからです。(笑) また長くなりそう~
自分の瞬間的な心の変化を見ていくと、とっても自分が偉いと思っていることがわかる。
だって100点なんだもん。当然だ。
人と向かい合う時、相手の一言一言、態度や行動に常にこの点数が落とされるかもしれない危険が付きまとっている。
問題は自分で100点をあげれていないところにまずはある。(顕在意識が)
他人に評価を委ねたいという潜在意識の欲求が、ちょっとした他人への依存を常に持っていると思うのだ。
だけど、他人は自分の評価を下げてしまう時ももちろんあるので、いつも怒りを溜めてしまうメカニズムになっているところがあると思うのだ。
そして相手に対して自分が怒ってることになかなか気づかない。。。
潜在意識は価値観で覆われているから、自分が相手によって傷ついたことは認めない。
もちろんちょっとしたことならの話ならだが。
潜在意識が100点をつけていることは簡単には操作できないので、せめて顕在意識はそのことを知っていることが大事だと思う。
そして向かい合う相手も100点持ちだということを忘れてはならない。
この世を生きるというのは辛いことだ。
人生は辛いのだ。
だって100点なんだもの。それをキープできるはずはない。
いつも失望感にさいなまれる。いつも葛藤はある。
大前提として、人生は辛いものだと思っておいた方がいい。
辛ければ、楽も登場するからだ。
辛いことの振れ幅に相当する楽・・「楽しい」ことはやってくる。
だから大前提として、人生は辛いものであるべきなのだ。
自分の中で整えられない矛盾・・・・他人に向けられるのは、これを補ってほしい気持ちだ。
先に向かい合う人を褒めてあげよう。
先に認めてあげよう。
さすれば、相手も私を褒めてくれるし、認めてくれる。
そうでない相手なら、相手自身に問題があるかもしれない。
自分との関係性の中に問題はあるかもしれない。
それは次の話。
まずは相手を認めてあげること。
それは自分と同じように100点を持つ相手。
相手も無意識に私に認めてもらうことや肯定してもらうことを求めている。
人は鏡のような対応をするものなのだから、相手を肯定すると、私も肯定される。
自分一人っきりでいると、自分の潜在意識の100点は常に肯定されないから、病みやすくなるのだ。
とっても疲れたときはもちろん人間関係化から離れての休憩も必要だが、基本的には人生は辛いものだと割り切って、人の渦に飛び込んでいく方が、健康的にはいいと思う。
もちろん顕在意識の自己評価が80点と高い人だと、他人とかかわるごとに80点は下げられてしまい、よりしんどいと感じるかもしれない。
その場合、少ない人間関係でいいのだという納得を持つこともいいのでしょうね。
自分が自分に納得していればいいのだと思います。
あ”~! 書くのって難しい!!
だんだん混乱してきた。
もっとわかりやすくしたい。
次は「悪い人といい人」を書きます。
これが本当は書きたかったのに、前提を書いているだけで長くなりすぎて終わってしまった。。。