「頭がいい」とは、文脈力である。 | emixbubuのブログ

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昨夜やっと読み終えた。

内容のとても濃い本だったので、薄い本だが読み進めるのに時間を要して楽しかった砂時計☆


読み応えがあった。

ありすぎて、感想を書くのはちょっとできない感じ。


頭がいいということがどういうことなのかを、斉藤孝ビューでわかりやすく説明しているのだが、これは理解をするのにかなり修行を経てないと、読むことさえできないような内容だと思う。

斉藤孝さんは、非常にわかりやすく簡単な言葉で綴っているのだが、いかんせん内容が厚い。

経験を積んでいて、問題意識をいつも持ち歩いていて、自己分析をしていることが、読む上での最低条件に当たるような本だ本

「頭がいい」という状態を、幸福感を味わえる状態であるとし、幸福感を味わうための方法を書いている。

人間は意味をやりとりしていて、意味を食べて生きているとし、この意味を捕まえることで得られる充実感こそが、幸福感だというのだ。

意味をやりとりするには、現実を把握する力が必要で、それこそが本当の頭のよさだと。

現実を把握するということは、人や場の繋がりを把握できるということ。これが文脈力だという。


場の空気が読める。これを場の感知力と言っている。

相手にも文脈というものは存在し、それを読んで活かせる人、自分も周りも幸せにできる人こそが、頭がいいと言っている。



これらの内容を、文献や一流の人たちの生き方から引用したりして、わかりやすく書いている。

文脈力を持っているかのテストがあったり、方法を4段階にわけて分析したりと、多様な側面からの猛アタックが散りばめられている本だったキラキラ


・・・読んで、頭の中がとても整理できた気がする。

確信が持てなかった事柄に、終止符が打てたり、あれとそれとが繋がっていたと思えたり。

自分の頭の中のお掃除をしたような気分です。


人間の頭というのは、一本のレールを走っているようなのではなくて、網目状に張り巡らせたようなもの。

感情が豊かでなければ、頭がいいとは言えないということや、自分の感情と相手の感情と場の空気や自分と相手の文脈を合わせていくことで得られる幸福感についてなどは、最近実感していることなので、特に納得と自信に繋がる要素だった。


私は深い付き合いがしたいと願っている人間だが、これは意味のある付き合い、意味のある話がしたいということだったんだな~っとわかった。

しかし反面、意味のないくだらないちょっとした会話やかかわりに、実は重要なキーが含まれていることがあることも、知っている。

だからバランスが難しいと思っていた。

思っていたし、今も思っているけど、この本を読んでか、最近の経験からかはわからないが、ここのところはすべての事柄が繋がっている感覚を体感している。


以前は、プライベート、仕事、母であることは分けて考えていたし、実際違う顔を出していたように思う。

けど、プライベートで起こったことは、仕事に大きく影響することを知ったし、仕事で得た経験は母である私に力強い味方をしてくれる。

なんか書くと、当たり前のような話だが、これが体感で繋がりを実感できてきているということが言いたいのだ。


英語を教える仕事では、昨年末頃はずいぶんと落ち込んでいて、もう止めてしまおうかと本気で考えた時期があった。

10年ほどにも続いた仕事だったけど、もう今の私には意味をなさないのかもしれないだとか、自分の精神的負担を考えると、切るということも大事な選択なのかもしれないと、ちょっと分岐点に立っていたように思うのだ。

ずっと頑張ってきたことを手放そうかというとき、人は痛みを味わうものなんだな~

手放せば楽だろうし、続けていくと決めてしまえば覚悟ができるだろうに、迷っている時はずいぶんと体力を消耗するものなのだな。。。

とても疲れてしまった。


しかし年が開けて、覚悟が決まってからは、痛みがなくなって、少々のことでは傷つかないように強みが増した気がする。

強みが増した私からは、前向きのオーラしか出ていないだろうから、生徒や親を巻き込んでいい空気がまた保てるようになってきた。

そして悩んだ結果手に入れた「頭の良さ」は、私と生徒の繋がりを以前にも増して高めてくれている。

感覚でわかる。繋がっていることが。


繋がっている時は時間を感じない時計

これが生徒との時間の中で持てていることに、幸せを感じるのだ。


先生によっては、ひとりよがりな人もいる。

これは頭がいい状態とはいえないのだ。周りの生徒の空気を読んで、瞬時に選ぶ道を選択していかなければならない。

それには「見る」能力も非常に重要に思う。

よく相手を見ないと、間違う。方向性がずれる。

結果、空気の読めない先生になってしまう。


また先生であるのだから、空気の読めていない生徒に、読めるように導いてやるということも必要だと思っている。

他のお友達の意識や感情を、うまく言葉や態度で伝えるとか、取り組む意欲は自分の中のどういうところから持ってくればいいのかを、手伝ってやることも、教師の力だろうな。

私の教えているものは英語だが、英語を教えるということは、文化を伝えることだと思っている。

日本の文化のまとまったものの表れが「日本語」だと思っているし、英語もしかり。

まずは日本の文化がわかっていなければ、お話にならない。

斉藤孝さん流で言えば、日本語の文脈と英語の文脈を知って、感覚として得られる繋がりに、本当の意味での学ぶということがあるのだと思っている。


言葉は単なるツールだ。

しかし、ツールということは、意味を表し自分と相手とを繋ぐ役目を担っているということでもある。

これは総合的に一人の人間と他の人間とを結ぶということで、大切な役目を持っているということは確かなのだろう。


英語の授業で最近多く得られるようになってきた、幸福感。

これを得るには10年の歳月と、仕事以外の私の体験もずべて含めた総合力が必要だったのだ。

私そのものが必要だったんだ。



この本を読んで、いろんなことを思ったが、仕事に関してはこんな感じで整理できましたにこにこ